[表紙] [左下にカラー写真:宮永愛子の作品「留め石」が展示されている。] [右上にタイトル] はじまっていた「未来のあたりまえ」 [1ページ、カラー写真ページ(計7枚)開始] [1枚目:全面の写真。ホールにて。幾何学模様が配された縦長の窓が並ぶ空間で話を聞く参加者。参加者の向こう側には宮永愛子の作品「くぼみに眠る海、水鳥」が見える。窓の外には草木が生えている。] [2枚目:ページ右下に写真。建物内から見る庭の青い花。] [3枚目:全面の写真。ホールでテーブルトーク2が行われている。登壇者のもりあつしとたばたはやと、通訳介助者、参加者の様子を2階から俯瞰する構図。窓から光が差し込み、床に幾何学模様の影ができている。モニターにメインビジュアルが表示されている。] [4枚目:ページ中央に写真。参加者の奥に、食堂に集まる女学生の様子が写された当時のモノクロ写真がある。] [5枚目:ページ中央に写真。階段から食堂を見上げる構図。天井には白く光る丸いランプ、床には木製の椅子が置かれている。幾何学模様が配された窓から光が入り、クリーム色の壁と端に寄せられた青いカーテンを照らしている。] [6枚目:見開きの写真。外から窓越しに講堂の中を覗く構図。講堂でセッションを聞く参加者の様子。] [7枚目:ページ中央に写真。ホールの壁画の前に立つ建築ツアー参加者の後ろ姿。壁画は乾いた質感で、一列になって砂漠を歩く人々と文字が描かれている。旧約聖書出エジプト記の一節がモチーフである。] [カラー写真ページ終了] [本扉] [左下にタイトル] はじまっていた「未来のあたりまえ」 [10ページ、はじめに開始] はじめに 2024年10月29日からの5日間。わたしたちは、東京・有楽町にあるガラス張りの巨大なコンベンションセンター「東京国際フォーラム」にいました。その場所は、洗練された都市そのものであり、効率や強度を重視する現代社会を象徴する機能的な空間でした。 そこで開催した「だれもが文化でつながる国際会議2024」には、「文化と居場所」をテーマに、国内外からさまざまな分野の専門家が50名近く集結しました。 その1年後の2025年10月20日からの4日間。わたしたちは、東京・池袋にある、「自由学園みょうにちかん」に集いました。ここは1921年に羽仁もと子・吉一夫妻が創立した女学生の学び舎。フランク・ロイド・ライト設計の簡素で小さく、穏やかで癒しさえ感じられる木造の空間です。 この1年で積み上げた知見や経験を、身近な距離感で、多様な専門性や背景をもつ人々とわかち合う。これは、「だれもが文化でつながるオータムセッション2025」の最初の構想でした。「居場所とわたし」というテーマを据え、一人ひとりを当事者とし、「文化と居場所」という大きな問いを、より自分ごとに引き寄せて考える場です。 準備段階における登壇者の方々との対話は、企画をつくるという実践そのものでした。対話を重ねるうちに、わたしたちも実践者として「リフレクション・イン・アクション」(行為のなかの省察)を繰り返し、問題意識が確実に移り変わっていくのを感じていました。それは、走りながら考え、対話の過程で自らの立ち位置を修正し、質を高めていくプロセスでした。議論の焦点は「居場所」から「わたし」という主体へと移行し、わたしたちは「他者」の存在をあらためて意識します。クロージングセッションのタイトル「わたしの居場所̶未来のあたりまえを考える」は、たどり着いてしまった必然的な帰結でした。 記録のために伴走してくれた編集チームから、会期中に「当初は軽やかに読み進められるマガジンのような媒体を想定していたが、やはり時間をかけて反芻できるような書籍へと編集方針を変更したい」と耳打ちされました。これもまた、リフレクション・イン・アクションです。この本をどんなリズムで読んでほしいか、読者の体験を想像しながら試行錯誤し、かたちにしていく。それはもう一つのプロジェクトです。「可塑性」に満ちた編集作業は、会議のバトンを受けた深いコミットの証です。 そのようなわけで、本書は単なる議事録ではありません。交わされた言葉を解きほぐし、対話の芯にある含意を素材として編み直したものです。 挿入された写真は、みょうにちかんの木の床の質感、窓から差し込む光、そして言葉と言葉の間に流れていた沈黙―そうした「手触り」を大切にした一冊に組み上げられました。あの場にいた方には、当日の体感や記憶を思い出すよすがとして。初めて手に取る方には、その場に立ち会っていたかのような臨場感とともに。自分のリズムでページをめくり、じっくりと読み込んでいただけると幸いです。 [はじめに終了] [全面のモノクロ写真:ホールでパンフレットを手に話を聞く参加者。]