[101ページ、映像上映ページ開始] 谷川俊太郎+谷川賢作+ロバの音楽座 「ことばとあそぶ おととあそぶ」 2020年12月17日、自由学園みょうにちかん講堂にて開催された公演(注:東京都および公益財団法人東京都歴史文化財団のコロナ禍における芸術文化活動支援事業「アートにエールを!東京プロジェクト」の採択事業として開催。注:終了)の記録映像を、同講堂で上映。詩人、ピアニスト、古楽器奏者がお互いの声や音を聴き合い、曲や詩作のフレームを遊びながら広げていく様子は、その後に続くセッション4「居場所の見つけ方」のテーマとも重なる。 102ページから103ページは上映映像からの抜粋 YouTube 谷川俊太郎+ 谷川賢作+ ロバの音楽座 「ことばとあそぶ おととあそぶ」 https://youtu.be/4E0EVag35qA?si=xqwBz4hJoxNM45CU [写真:講堂で上映されている「ことばとあそぶ おととあそぶ」の記録映像を参加者が観ている様子。] [102ページ、103ページ、写真16枚:「ことばとあそぶ おととあそぶ」の映像のキャプチャが、同じ大きさで4列、4段に整列している。 1列目、1段目:ハーディガーディを演奏する手元。2段目:ロバの音楽座演奏風景。馬蹄形に座って楽器を演奏する5人の真ん中で、1人が腕を広げて踊っている。3段目:たにかわしゅんたろうが椅子に座っている。表紙に私という漢字が書かれた詩集を見ながら、詩を朗読している。4段目:窓から木漏れ日が入り込む。 2列目、1段目:笛を吹いているロバの音楽座のメンバー。2段目:楽器を演奏するロバの音楽座の2人。左の人は笛のようなものを吹き、右の人は板状の楽器を揺らし動かしている。3段目:ピアノを弾くたにかわけんさく。4段目:たにかわしゅんたろう、たにかわけんさくとロバの音楽座が笑顔でセッションしている。 3列目、1段目:楽器を演奏するロバの音楽座の2人。手前の人はセルパンという管楽器、奥の人は弦楽器のヴィオラ・ダ・ガンバを弾いている。2段目:スクリーンに絵が映し出されている。その前で朗読や演奏をする演者たち。3段目:たにかわしゅんたろうの横顔。歯を見せて笑っている。4段目:楽器を演奏する2人の手元。左に笛、右にアコーディオンのような楽器の一部が見える。 4列目、1段目:楽器を演奏しながら歌うロバの音楽座に合わせて、たにかわしゅんたろうが詩を朗読している。2段目:真ん中に座るたにかわしゅんたろうを残して退場し始める他の出演者たち。3段目:歌と演奏を続けながら舞台袖へと消えていく、たにかわけんさくとロバの音楽座。4段目:ぽつんと1人で佇むたにかわしゅんたろう。] [映像上映ページ終了] [104ページ、セッション4のページ開始] [タイトル] つくり合う場から生まれるもの [リード文開始] 身体や心が常に変化し続けているのと同じように、人と人とのかかわりの間に現れる「居場所」もまた、固定化できるものではないのかもしれない。ダンサーのじゃれお理さん、古楽器奏者の松本雅隆さん、作曲家の齋藤紘良さんは、それぞれ創作とそのプロセスを他者と共有しながら、変化を続ける「居場所」を捉えようと試みてきた。言葉だけによらず、場をともにする互いの存在や空気、時間、音といった要素に呼応することから育まれる親密なやりとり。このつながりのなかで、かれらが共有したものとは̶。(セッション4 居場所の見つけ方) [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 砂連尾理(読み:じゃれお おさむ) ダンサー、振付家 1991年に寺田みさことダンスユニットを結成。近年はソロ活動を中心に高齢者との「とつとつダンス」などアートと社会をつなぎ、ダンスの意味を拡張する活動を行う。濱口竜介、山城知佳子の作品に振付・出演や、水戸芸術館、山形ビエンナーレ2022・2024に招聘作家として参加。著書に『老人ホームで生まれた〈とつとつダンス〉――ダンスのような、介護のような』(晶文社、2016 年)。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。 [写真:じゃれおおさむの顔写真] 松本雅隆(読み:まつもと がりゅう) ロバの音楽座 主宰 1973年より中世・ルネサンスの古楽器を演奏する「カテリーナ古楽合奏団」、1982年より音と遊びの世界を繰り広げる「ロバの音楽座」、長年、森のなかで自然の音楽を体験する「ロバの学校」主宰。1998年「ジグの空想音楽会」が東京都優秀児童演劇選定優秀賞、2009年「ロバの音楽座」が第3回キッズデザイン賞・創造教育デザイン部門で金賞受賞。世界を回り古楽器の研究とともに、未来に向け数々の空想楽器を考案・制作している。 [写真:まつもとがりゅうの顔写真] 齋藤紘良(読み:さいとう こうりょう) 作曲家、しぜんの国保育園 理事長 専門はこどもが育ち暮らし老いて死んで次に向かうための環境や文化を考えること。保育施設の運営、東京都町田市の里山地域で500年間続く祭りの創造、寺院の再興、映像番組などへの楽曲提供などを行っている。全国私立保育連盟研究企画委員、大妻女子大学非常勤講師、簗田寺住職。著書に『すべて、こども中心。しぜんの国保育園から知る、こどもの主体性を大切にしながら家族が豊かに暮らす方法』(カドカワ、2020年)。 [写真:さいとうこうりょうの顔写真] [登壇者プロフィール終了] [本文開始] [小見出し] 自らの表現の起点を共有する [齋藤]  まずは3人で、チューニングの時間をとりたいと思います。現在の活動に至った経緯について、それぞれお話しいただけますでしょうか。 [じゃれお]  わたしはちょうど高度成長期に、こどもから大人へと育ちました。勉強してよい点を取り、よい学校に行き、その先にあるであろう豊かな生活をつかむ。そうしたある種の幻想のなかでこども時代を送った人は、数字で価値が測られる経験をしてきたと思います。わたしの場合も、そのことに違和感を覚えながら、当時は親や周囲の期待にそこまで反抗できないまま過ごしていました。しかしずっと、身体のどこかに不在感があった。「いま充実している、生きている」という感覚が欠けている自覚があったんです。スポーツに打ち込めば、あるいは自然に向かえば、何か実感を得られるのではないか。そう考えて、高校時代は登山部にも入りました。大学でも登山を続けるか悩んだのですが、大学の登山部は高校とは比べものにならないくらいハードだと聞き、結局は諦めました。 そこで思い至ったのは、「自分がまだアクセスできていないものに触れないと、充実感には出会えない」ということ。そのときに、一番遠ざけていたダンスの世界に足を踏み入れたんです。憧れとコンプレックスの両方を抱えていたんでしょうね。いまやらなければ、一生踊ることはないかもしれない。そう思って、わたしのダンスがはじまりました。卒業後はニューヨークへ渡り、帰国後、バレエダンサーとともに16年間活動することになります。  その過程で、アートの世界はいわゆる資本主義の枠組みから外れていて、自由にのびのびとゆっくり生きられる、というのは勘違いだと気づきました(笑)。毎年新作をつくらなければ、助成金も取れない。これはもしかしたら一般企業に入るよりしんどいことなのでは?と40歳のときに強く感じました。いまの資本主義の枠組みと同じようにやらなければならないなら、いったんそこから降りようと。  語弊もあるかもしれませんが、資本主義の枠組みから「外されている」人たちと一緒に、何かをつくり、かかわっていくことにワクワクしたんです。障害のある方や高齢者の方、社会のスピード感とは異なる時間を生きる人たちと出会ったとき、ここにこそわたしがつくるものがあるのではないかと直感し、かれこれ十数年が経ちます。 [松本]  わたしはヨーロッパ中世・ルネサンス期の音楽をやっています。バブル真っ只中の1973年からカテリーナ古楽合奏団を主宰し、もう52年くらい活動しています。演奏する曲は、作者不詳、詠み人知らずの民衆の音楽から、祈りの音楽、当時のダンスチューンなどさまざま。たとえば、こんな楽器を使っています。 (手に持っている楽器を会場に示す)  中世楽器の多くは東方に起源があり、その響きにも東方の香りが強く残っています。精製された白米というより、雑穀米のような灰汁があります。当時の楽器は、そうしたノイズとも言える灰汁がよい味わいを生み出してくれます。笛や太鼓はもちろん、どの楽器も自然素材なので、音色はあたたかいですね。  しかしこうした東方の響きは、時代の流れとともに西洋の響きへと変わり、徐々に消えてしまいました。何年も前、ベルギーの高校で公演をしたとき、演奏後に学生たちが寄ってきて「この楽器はアジアのどこの国の楽器ですか?」と尋ねてきたことがありました。それほどヨーロッパの人たちの記憶からも消えた楽器なのです。  もう一つの活動に、「ロバの音楽座」があります。1982年に結成したグループで、大人もこどもも世代を超えて楽しめる「音と遊びの世界」をつくることをテーマにしています。演奏する曲はすべてオリジナル、あるいは中世・ルネサンスの旋律に日本語の歌詞をつけたもので、こどもたちの知っている曲は一つもありません。このように説明すると「集中して聴ける?途中で逃げ出さない?」とよく聞かれるのですが、実際は何の問題もなく、平気で1時間くらい演奏を聴いてくれます。ある保育園で演奏したときは、一人の女の子が「懐かしい音だった」と言ってくれました。その言葉を力にして、44年間続けています。こどもたちはニュートラルな感覚でわたしたちの音を受け入れてくれます。  ロバの音楽座では、古楽器を演奏するだけではなく、未来に希望を託して「空想楽器」を創作し、演奏もしています。空想楽器はわたしの造語ですが、こどもたちが大きくなったとき、100年後、200年後には、どんなに愉快な楽器や音楽が生まれているだろう?などと想像するのが好きでつくっています。「古楽器と空想楽器」、「古いと新しい」。この二つのコンセプトは、不思議な化学反応を起こしてくれて、こどもたちによく響く合言葉のように感じています。 [齋藤]  ありがとうございます。ではわたしの活動についてもお話しします。  わたしは「しぜんの国保育園」の園長を15年務め、いまはこの園を含め6つの施設をもつ社会福祉法人の理事長を務めています。しぜんの国保育園の特徴の一つは、教室のなかにアトリエ、建築の部屋、音楽の部屋、読書の部屋といったサブジェクトを設けていることです。こどもたちはそこを自由に行き来しながら、「今日はこれをやろう」「あれとこれを混ぜたらおもしろいかも」と発想を広げ、毎日を過ごしています。  今回の「居場所の見つけ方」というテーマにかかわる活動を紹介します。2014 年に東京都庭園美術館のラーニングプログラムで、ダンサーの東山佳永(とうやまかえ)さんと身体表現と音のワークショップを企画しました。ダンス未経験の参加者とともに2年間ほど美術館へ通い、「その場に呼応して生まれる身体の動き」を考えるというものです。わたしは音楽家として、参加者の動作を見ながら曲をつくり、演奏までを行いました。定期的に美術館へ通うと、だんだん自分の場所になっていく。その場から湧き起こるものを音やかたちとして感じ、それを具現化していく作業がとてもおもしろかったですね。最初は恥ずかしがっていた参加者も、身体がほぐれてくると一人ひとり固有の動きが出てきて、見ているだけで刺激になりました。  さて、本題に入りましょうか。とはいえ、流れをあまり決めずに、話をしたり、ときには踊ったり歌ったり演奏したり。そういう自由な時間をつくりながら進行していきたいと思います。 [小見出し] 「ドローン」という考え方 [じゃれお]  まだ会場も少し緊張しているようなので、みなさん、一緒にストレッチをしてみましょうか。松本さん、何か音を出していただけますか? (松本さんによる楽器の音色が流れるなか)  ではまず、伸びをしてください。手を膝に落として、一度下を見る。背骨の長さを感じて。ゆっくり首を上げる。もう一度、下を向いて、身体をゆるめて、元の位置に戻します。続いて腕を前でクロスして、反対も。頭の上でも。じゃあ、ゆっくりと首を回して、逆回転もどうぞ。元の位置に戻って、目をつぶって、ゆっくり呼吸を。普段より長く吸って、吐いて。力が入ってるなと思うところは、どんどん抜いていってください [写真:ストレッチを行う来場者] ……では目をひらいて。 (ストレッチに合わせ、松本さんの音が静かに止む) [松本]  自分自身の根っこが、少し動いてきたような気がしますね。演奏しながら思い出したのですが、古くからある音楽様式に「ドローン」という伴奏形式があります。一つの音が絶えず流れ、そこに旋律が重なっていくような音楽です。ドローン音楽のための楽器は、世界の民族楽器のなかにもたくさんあります。ドローンがよく演奏された時代の楽器の方が、わたしたちの身体のなかにたくさんの情報をもたらしてくれ、聴くと安らぎ、即興的なアイデアへとつながるような気がします。古典派以降のシンフォニーのなかにも、ドローン的な楽章があり、その音楽に感じ入る人は多いのではないかと思います。ドローンを奏でる楽器の一つにバグパイプがあります。これも即興演奏のための楽器です。齋藤さん、ちょっとバグパイプでお話ししてみませんか。 [齋藤]  やってみましょう。 (松本さんと齋藤さんが、お互いの音を聴き合うようにバグパイプを演奏する) [写真:バグパイプを演奏する齋藤さんと松本さん] [松本]  最近、ドローンのような音を好む若者が増えています。「ドローンの楽器」をやりたいという人が増えていて、とてもうれしいことです。忘れられた自然観や原初的なものに戻りたいという希求のあらわれかもしれませんね。 [じゃれお]  大学時代に京都で、舞踏をやっているスコットランドの人がバグパイプを吹いてるのを見たことがありました。それ以来、今日初めて、しっかり見ました。  驚いたのは、楽器だから「吹く」と同時に音が出るものと思っていたのですが、バグパイプは吹かない時間も、空気袋を押し出すことで音が出ていましたよね。そこから感じたのは、いわゆる音楽がもつ「ライブ性」というよりも、過去に吹いた自分の息吹が、時間差で音として出てくるようなイメージです。それが非常におもしろい。現在の時間と過去の時間とで遊ぶような。 [齋藤]  とてもすてきな表現ですね。音が鳴っていたものが止まると、その空間に緊張感が生まれる。ただ、ドローンによる通奏低音が持続していると、その緊張感がほどけて過去と現在が同じ音でつながれ、演奏者に「次は何しようかな」という余裕が生まれ、次の発想が出てきますね。 [松本]  そうですね。ロバの音楽座は「自然の音に耳をすます」ということを軸にした「ロバの学校」を毎年夏にひらいています。空想楽器をつくり、祭りをつくる、大人とこどもの共同創造の場です。ロバの学校でこどもや大人たちと一緒に体験したいのは、雨のリズムや虫たちの歌声に耳をすまし、自然の音が「音楽」として感じられる感性をもってほしいなと願っています。 [齋藤]  ロバの学校には、わたしも一度参加したことがあります。そのときの体感として、最初は今日のこのセッションのはじまりのように緊張していたのですが、どこかのタイミングでそれがほぐれてくる。すると、周りの人たちも、ほぐれた音を鳴らしている気がして、さらにそれが協和していくのがおもしろい。 [松本]  1日目は「これ、何をやっているんだろう?」と、不満だったり不安な人もいます。小さなこどもたちもいろんな電子音に囲まれていて、少し大きい子は初音ミクのような音楽に夢中です。けれど、プリミティブなロバの学校の音と向き合っているうちに、少しずつこちらの世界も好きになっていくようです。一般的な楽器や音楽の概念をいったん隅に置いて、どこにもない空想楽器をつくり、音楽はもっと身近にあるものと感じられた頃、3日目の夜、へんてこで豊かなお祭り(ガランピー祭)がはじまります。 [齋藤]  ロバの学校に流れる、余白のある、〝間〞とも言ってもいいような時間こそが、緊張をほどく方向へといざなってくれるとも思います。ただ、いまの社会では、この時間を生むのは難しい。社会の時間にとらわれて、余白をつい後回しにしてしまいがちです。じゃれおさんは自己紹介のなかで、資本主義に乗れない人、弾かれてしまう人たちと一緒にいることで、そういう時間を取り戻したと話していましたね。 [じゃれお]  さきほどは「資本主義」と大げさに、偉そうに言ってしまいましたが……。僕が自分の身体が社会の流れやかかわる人によって振りつけられているなと実感したのは、障害のある方とのかかわりを通してでした。たとえば、普段一人だったら5分で行ける距離を、義足の方と歩くと15分かかる。3倍の時間がかかるわけです。でも、その人に合わせて「歩いたら止まる、歩いたら止まる」を繰り返していくと、木の枝が風に吹かれている、空に雲が流れているという、ただそういう時間が感じられたんです。  その後に家に帰って、同じようにゆっくり時間を味わってみようと思って、夕焼けをずっと見てみました。するとまず、カラスが山の方へ帰っていく。次にトンボが出てきて、虫が鳴きはじめる。少し暗くなると「あっ、コウモリが来るんだ!」とわかる。  いつも自分中心で時間を感じ、目的があって動いているから、そういうものを見ていなかったんだな、と気づきました。おそらく、松本さんがロバの学校で大事にしているのは、普段のフレーミングをほぐして、みんなが「音楽」と認識していないものの気配を「聴く」ことなのだと思います。たとえばこの場所でも、二人の声以外に、空調の音が聞こえたり、コソッという物音、紙をめくる音が聞こえてきたりする。音はそういうところにも存在しているし、動きもそこに存在している。僕は40歳ぐらいのときに、高齢者や障害のある方とかかわったことで、そうした意識がひらいていったように思います。 [松本]  そのような体験こそ、いまとても大切な気がします。AI、人工知能がこれからさらに発展して、身の回りが便利になっていくなかで、自然を体感しながら想像力を高め、気配に敏感になること。センスや感性、あるいは第六感と呼ばれるような部分を養うために、舞踏やダンス、音楽など文化の役割はいま以上に大切なものになると思います。 [小見出し] 自分の外にある感覚と出会う [齋藤]  じゃれおさんが言う、高齢者や障害のある方とのかかわりのなかで「意識がひらいていった」ことについて、もう少し説明していただいてもいいでしょうか。というのも、じゃれおさんが、神奈川のみどり福祉ホームで行った「アーティストとともに過ごす時間」というプロジェクトの記録映像で、「目覚めていく感覚」について語っていたことを思い出して。感覚が目覚めていくというのは、内に籠もっている状態から、目が外へと向いていくことですか? [じゃれお]  その映像には、実はカットされた部分があるんです。ずっとよだれを垂らしていたメンバーさんがいて、ある日、「今日はこの人を先生にしよう」と言って、みんなでよだれを垂らしてみたことがありました。よだれって、社会的に「ダメなこと」だと反射的に思ってしまうから、なかなか垂れてくれない。そうやって垂らしてみて、ようやく、かすかにですが、その人に触れられるのかなと思ったんです。  それから、わたしの親は晩年、病気になって障害を抱えることとなり、亡くなりました。僕を含め、いまは「健常」というフレームに入れられていたとしても、年を重ねるうちに、そのフレームは変わっていきます。そのときのために、自分がいまの固定された自分「じゃない」ところまで、歩みを進めてみる。他者を想像したり、あるいは他者の身体になってみたりする。決してなれないけれど、そう試みることで、その人が感じているであろう世界を、自分の身体を通して受け取ることができるというか。  わたしは、かかわっている相手ごとに、そうした試行錯誤を続けているのだと思います。さらに、これを言うとよく人に笑われるんですが……他者というのは人だけではなくて、いろんなオブジェクトの感覚も感じ取ろうと試みています。たとえば、自転車のサドルって、いつも乗られていて重たくないかな?とか。フライパンは、熱いと言っているんじゃないかな?とか。日常のなかでフィクションを立ち上げていく、ということだと思うんですが。それで松本さんに聞いてみたいのは、松本さんに聴こえる音は、ご自身が何を望んだからそう聴こえるようになったのでしょうか? [松本]  昔の楽器や音楽を調べれば調べるほど、音楽は、ただ単に人に聞かせるものではなかった。自分のため、自然のため、あるいは神のようなもののためと気づき、古楽器をはじめたのかもしれません。ロバの学校でつくった空想楽器で、石ころと話をしたり、風の音と一緒に演奏をしたりします。このようなことを繰り返していくと、聞こえなかった音が聴こえてくるような、そのような気配のようなものを感じることができてくるんです。このような体験は、じゃれおさんの感性・感覚を磨くチャレンジと共通していると思います。 [じゃれお]  僕のダンスは、いわゆる「自分を見てください」という表現ではなく、他者とかかわることでやっと自分の身体を感じられ、そこから立ち上がる世界とつながる、その方法論なんです。松本さんが石ころや風の音とセッションして音を発見していくプロセスも、ある種、楽器という「自分から離れたもの」を通して発見に至っていますよね。 [松本]  そうですね。一つ違うとすれば、じゃれおさんの場合は、そのプロセスが直接かたちになる。わたしの場合は、まず感じたり得たりするところがあって、そこから作品をつくっていく。パフォーマンスそのものというより、わたしにとっては前段階にあって、そこから作品へのイメージを高めています。 [小見出し] 生まれては消えていく居場所をつくり続ける [齋藤]  じゃれおさんのダンスも、松本さんの演奏も、傍から見ているといつもドキドキします。ある程度は段取りや決まりごとがあるとしても、見ている側からすると「次に何が起きるんだろう?」と。松本さんの曲は何度も見ているから知っているはずなのに、予定調和ではない、わくわく感がある。それって何なのでしょうか。 [松本]  コミュニケーションや遊びであったり、はぐらかしであったり。実際、聴いている人の感覚を少し揺さぶるつもりでやっています。中世に時代を遡ると、その頃は、こども向けの音楽や演劇などあまりなかったようです。こどもたちは大人が演奏や演技するのを覗き込み、そこで大人もこどもも同じ体験を共有したわけです。産業革命以降、音楽や芸能がプロフェッショナル化、職能化されすぎて、自由な即興音楽や、産業革命以前の大道芸的な音楽の風習には戻りにくくなりました。だからこそ、それらをもう一度取り戻して、音楽の場やお祭りなどを考えていくと、もっとおもしろくなるんじゃないかなと思っています。 [じゃれお] ここ数年の、高齢者や障害のある人との協働を振り返ると、僕は結構相手が嫌がること、介護者が「やらないこと」をあえてやったりします。それは、さきほどの松本さんの「こどもだから」と決めつけない、ということに近い。ケアでは、マニュアルをもとに相手と自分の間でパターンを決めておくと、安全が担保されますよね。でも、その範囲にとどまると「ケアする/される」という上下勾配のなかで、安全ではあるけれど閉じたものになる可能性もある。とはいえ、そこからはみ出すと嫌がられるかもしれない。そういうことを、いかに愛情をもって真剣にやれるかだと思うんです。  たとえば、香港のある施設で、ある女性の自閉症の方とダンスワークショップをしていたのですが、途中からその人は僕が来るだけで嫌がって、叩くわ怒るわ……という状況になりました。嫌がられてもそのときは2時間ほど、その人にしつこくかかわっていたら、職員からも呆れられ、一緒にいたミュージシャンからも「じゃれおさん、いい加減やめたら?」と言われ……。それでも引かずに、その人が僕を部屋から閉め出そうとすれば、ほかの窓から部屋へ入っていく、みたいなことまでしていました。  けれどその日、いざ帰ろうとすると、彼女がハートマークいっぱいの紙を持ってきてくれたんです。僕にはある種のフェティッシュがあって、嫌われているという実感を「相手のなかに自分が強く存在している証左」として受け取っている。僕は、そちらの側面を大事にしていきたいなと思うんです。 [齋藤]  みどり福祉ホームの記録映像で、じゃれおさんが「現場の職員の方々が、少し冒険のできる時間をつくりたい」と言っていたことにつながるような気がします。  職員の方は日々、メンバーさんとのかかわりのなかで安全に考慮して過ごしている。しかしその分、冒険や、人と人とが真剣にかかわる要素が薄れてしまうこともある。リスクを冒して人とかかわれない立場の職員さんに対して、外の目線からじゃれおさんが非日常な時間をつくろうとした。そのことが端的に表されている言葉だと感じ、非常に感銘を受けました。 [じゃれお]  ありがとうございます。きっと松本さんも、即興的な演奏をするときに、ある程度は「感動してもらえる」と知りつつも、そこに居続けられない、ということがあるんじゃないですか? [松本]  実際は、構成された作品を演奏することの方が多いです。しかし聴衆の期待を裏切ることはたまにあります。聴き手が「そのようになるだろう」と考えていることをいったんリセットしてもらうために、即興的に音あそびをすることがあります。非常識を差し出すというか。ナンセンスから生まれる新しい現象を期待しながら。ちょうど、このセッションがはじまる前に、詩人・谷川俊太郎さんとの映像作品(「谷川俊太郎+ 谷川賢作+ロバの音楽座《ことばとあそぶ おととあそぶ》」)(101頁に掲載)が上映されましたが、俊太郎さんも、ある程度決まったスタイルの詩を詠みながらも、それをどんどん壊して冒険する方でした。遊びと言っていいかもしれない。言葉を遊ばせながら、言葉の本質をつかんでいく、そんな茶目っ気のある方でした。  それで、ちょっとじゃれおさんと何か一緒にセッションしたいのですが……わたしがドローンの楽器で即興演奏をするので、ぜひじゃれ合いましょう。ちなみにこれは「ハーディガーディ」という楽器です。 (松本さんと齋藤さんによる即興演奏のなか、じゃれおさんが会場を歩きまわり、語らい ながら、パフォーマンスを行う) [写真:演奏とパフォーマンスの様子] [齋藤]  じゃれおさんのパフォーマンスから、このセッションのテーマが「居場所の見つけ方」だったと思い出しました。最初の緊張感のある状態と〝いま〞では、ここにいる全員にとって、空間の感じ方が違うものになっていると思います。そこにも何かヒントがあるのかなと。言い換えれば、この場が居場所になってきている。 [じゃれお]  僕も、ここにいるみなさんとほんの少しでもかかわったことで、いまこの場が自分の居場所になったように感じます。僕が普段かかわっている障害のある方や高齢者の方との関係性は、より瞬間的に消えてしまう。消えてしまうけれど、そんな儚い居場所をつくり続けるということをしています。  この場においては、松本さんの音がなかったら、僕とみなさんとをつなぐ場所にならなかったかもしれません。もしかすると、僕がみなさんとの間に立ちながら、松本さんや齋藤さんに影響を与えていたのかもしれない。  パレスチナの土地では「自分の場」をめぐって激しい争いが起こっている。そういう状況のなかで、僕は、お互いが〝つくり合う場〞という可能性に賭けたい。永続的な場や関係性は、おそらくありません。でも、パフォーマンスやワークショップを通して、瞬間的にでもお互いの居場所を生んで、また消えてを繰り返すこと。僕は、これを一つの希望だと思いながら活動を続けています。 [松本]  音楽は争いや憎しみを沈めます。またその逆にもなり得る。やはり求めるところは、平和なんでしょうね。今日はそんなことを感じることができて、とてもうれしかったです。音楽と踊りはどちらが先に生まれたのでしょうね? [じゃれお] ほぼ同じ、でしょうね。 [松本]  そうですね。だからこそ、その営みはずっと未来にもつながりますし、それを絶やさないことだと思います。 [セッション4のページ終了]