[17ページ、章扉] セッション:「居場所」を考えるための対話 [18ページ、オープニングセッションのページ開始] [タイトル] ばらばらな声が響く場から世界を捉え直す [リード文開始] アート作品というと、完成された「もの」に目が向きがちだ。しかし、その場に流れる時間や生活、他者との関係と呼応することで、作品には新たな意味が生まれてくる。本プログラムの統括を担い、展示キュレーションを行ったもりつかささんを聞き手に集ったのは、美術家のなかざきとおるさん、宮永愛子さん、そして異なる視点から作品の読解をおこなった社会学者の小泉元宏さん。ばらばらな他者の声が響く日常から、世界を捉え直すこと。そのプロセスの先に立ち上がる、生活圏とアートが交差する場、そしてそこからひらかれる、新たな居場所の可能性を見つめていく。(オープニングセッション「生活圏」とアート) [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 小泉元宏(読み:こいずみ もとひろ) 社会学者、文化政策研究者 立教大学社会学部教授。東京藝術大学、ロンドン芸術大学、大阪大学、ロンドン大学、鳥取大学などでの研究・教育職を経て現職。専門は芸術社会学・文化政策研究。都市・地域社会におけるアートや現代文化実践を対象に、芸術と社会の関係や文化政策のあり方を理論と実践の両面から研究している。 [写真:こいずみもとひろの顔写真] 中﨑透(読み:なかざき とおる) 美術家 看板をモチーフとした作品をはじめ、パフォーマンス、映像、インスタレーションなど、形式を特定せず制作を展開している。2023年、第73回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。主な近年の展覧会に、「なかざき透 フィクション・トラベラー」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、2022 年)など。 [写真:なかざきとおるの顔写真] 宮永愛子(読み:みやなが あいこ) 美術家 東京藝術大学大学院修了。ナフタリンを用いたオブジェや、塩、陶器の貫入音や葉脈を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時間を視覚化し、「変わりながらも存在し続ける世界」を表現する。主な近年の展覧会に、「宮永愛子 詩を包む」(富山市ガラス美術館、2023年)など。 [写真:みやながあいこの顔写真] 森司(読み:もり つかさ) アーツカウンシル東京 事業調整課長 2009年より「東京アートポイント計画」をディレクションし、現在は東京都・区市町村連携事業を所管する。東京2020公認文化オリンピアード事業「東京キャラバン」「TURN(ターン)」を担当。聾者と聴者が遭遇する舞台作品《黙るな 動け 呼吸しろ》の推進役を担う。本プログラムの企画、統括を務める。 [写真:もりつかさの顔写真] [登壇者プロフィール終了] [本文開始] [小見出し] 変わりながらあり続ける [森] 「自由学園みょうにちかん」という、まさに〝明日〞を語るにふさわしい場所で開催できることをうれしく思います。本プログラムは、セッション、セミナー、展示・ワークショップ、ネットワーキングという4つのセクションから構成されています。展示では4人のアーティストのかたに、「居場所とわたし」、そして本セッションのタイトルである「『生活圏』とアート」というテーマに呼応する作品をリクエストしました。社会学者の小泉元宏さんには美術批評家とは異なる視点から、作品をめぐる思考や感覚を言語化する役割を担っていただいています。  オープニングセッションには、そのうち2名のアーティスト̶なかざきとおるさん、宮永愛子さん、そして小泉さんにご一緒いただいています。この場では、お二人の制作プロセスや、「わたし」という存在を確認するために不可欠な「他者」との関係に焦点を当てながら、作品と社会、そして「居場所」について考えていきたいと思います。まずは、宮永さんから自己紹介をお願いいたします。 [宮永] わたしは彫刻を仕事にしています。彫刻というと、木や石といった素材を使った、かたちのある作品を思い浮かべる方が多いかもしれません。でも、わたしの作品は少し違っていて、常温でゆっくりと昇華し、姿を変えていく「ナフタリン」という素材を用いています。  一般的に彫刻は、かたちのあるものとして存在し続けるものだと思われがちです。目に見えない感情をかたちにし、できるだけ変わらないものとして留めたい。そうした欲求から生まれてきた表現でもあります。けれど、実は昔からある彫刻も、よく見れば少しずつ変化しています。ただ、わたしたちが生きている時間の感覚では、その変化にほとんど気づけません。  一方で、わたしが大切にしているのは、「変わりながらあり続ける」ことです。ナフタリンでかたどった作品は、比較的速い速度で変化していきます。だから、変わっている事実に気づくことができる。  それでも、気づくのは、変わったあとです。その意味では、お花と少し似ているかもしれません。お花も、咲いている瞬間を見ることはなかなかできない。気づくのは、いつも咲いてからです。作品を通して、「ものは変化していくものだ」ということを感じてもらえたらと思い、制作しています。 [森]  続いて、小泉さんから、宮永さんの展示作品について語っていただけますか? [小泉]  《留め石》は、東京電力福島第一原子力発電所周辺の帰還困難区域を会場とする展覧会「Don't Follow the Wind」を機に制作され、区域の内と外、その双方に展示された作品です。本来「留め石」は、その場より先への立ち入りを禁ずる印ですが、この作品では、隔てられた場所同士の空間や流れる時間を想像する契機としての意味をもっています。さらに作品中央の空洞には、制作当時妊娠していた宮永さん自身の呼気が封じられ、これから生まれてくる娘と共有する「二人分」の空気が内在しています。境界を示す「留め石」が、場所と時間、そして人との関係をつなぐ媒体となっている作品です。 2点目の《くぼみに眠る海‒水鳥‒》は、宮永さんのご実家の陶房に残された石膏型の「めがた(くぼみ)」を、100年前の空気が留まった場と見立て、そのくぼみにガラスを注いで像をつくることで生まれました。宮永さんは、意図的にそこに呼気による気泡を入れることで、かつて雌型を満たしていた空気と「いま」の空気を共存させています。  宮永さんの作品は、視覚的にも非常に美しいものです。しかし、それだけではありません。作品が置かれた場所との関係が生み出す物語、あるいは歴史のつながりを拾い上げる視点によって、見えにくい「社会的な関係性」そのものが示唆されている。その点が非常に重要だと思います。 [宮永]  わたしは作品を展示するなら、「その場所に何があるのか」「これまでに何があったのか」を知りたいと思っています。展覧会だと、どうしても作品そのものに視線が集中しがちですよね。でもわたしは訪れた人がこの場所に立ったとき、「ここにはかつてどんな時間が流れていたのだろうか」と想像してもらいたい。だから見てもらいたいのは作品だけではなく、「それをどこに置いたか」ということ。その空間をどのように立ち上げ、見せようとしたのか。そのこと自体を感じ取ってもらえたらと思っています。 [小泉]  わたしたちは現在、インターネットなどを通じて常に誰かとつながっている「常時接続」の社会に生きています。そこではあらゆる瞬間が絶え間なく更新され、意識が「いま・ここ」だけに閉じ込められがちです。そんななか、宮永さんの作品は、ここではない時間、ここではない場所の存在を、ふっとわたしたちに想起させてくれるのです。  空間という点では、瀬戸内国際芸術祭の《「小さなお店プロジェクト」ヘアサロン壽》も印象的でした。このヘアサロンには椅子の正面には鏡がなく、海を見渡せる窓が設けられています。宮永さんによる当時のステートメントを読み上げます。  「おなかにいる時から持ちあわせてきた髪は人生のおしまいがくるまでずっと伸びてゆく。ここで満ち引きの呼吸をききながら、風に耳を澄ませ、椅子の上で少しだけ変わっていく自分。昨日まで、明日を整えて。日常の流れる向こう側、こちらから見る海。壽のとき。」 [写真:《「小さなお店プロジェクト」 ヘアサロン壽》のある部屋から海をのぞむ] [宮永]  プロジェクトの会場となる壽荘で、海が見える窓に出会って、「美容院にしてみよう」と思いつきました。一緒に美容室をお願いしたのは、香川県に住み、月に何度か女木島に通って、おばあちゃんたちの髪の毛を切っていた美容師の方でした。ただ、彼女は「わたしが髪を切ることが、なぜアートになるのかわからない」とずっと戸惑っていたんです。わたしからは、「あなたと美容室をひらくこと自体が、わたしのアート作品だから、普段通りに切ってください。きっと髪を切っているうちに、わかると思います」と伝えていました。  ここで髪の毛を切ると、自然と海の話がはじまり、やがて、いつのことかわからない記憶や昔の出来事が、少しずつ語られていく。その時間そのものが作品になるはずだと考えていました。  しばらくすると、彼女から電話がかかってきました。「言っていたことがわかりました。海を眺めながら髪を切っていたら、おばあちゃんがお嫁に来たときの話をしてくれて、すごく豊かでいい時間だったんです」と。まさに、そうした時間こそが、わたしがつくりたかったアートです。 [小泉]  光や風を受けて表情を変える海や、そこを行き交う人々を眺めながら、少しずつ変わっていく「わたし」をあらためて認識する。そんなプロジェクトをプロデュースされていたわけですね。 [小見出し] 「わからなさ」を受け入れる [森]  続いて、なかざきさんからも自己紹介をお願いします。 [なかざき] 僕はもともと画家になろうと思って、美術大学の油絵科に入りました。ただ、周りを見ているうちに、現代美術のほうがおもしろそうに見えてきたんです。絵を描くというより、いろいろなものをぐちゃぐちゃに混ぜたり、大きなものをドンとつくったり。そんな表現に惹かれていました。  ただ、卒業制作に向けて、いろいろ試していくうちに、何が良くて何が悪いのか、自分でもわからなくなってしまった。それでいま思えば安易なんですけど、「〝デザイン〞じゃなければ、〝アート〞になるんじゃないか」と思ったんです。そこから「看板」というデザインの形式をあえて使いながら、ズラすことに挑戦しはじめました。  《看板屋なかざき》では、クライアントと、わざと理不尽な契約書を結びます。伝えたい情報は載せるけれど、デザインの最終決定権は僕にある。そんな少しおかしな契約の結果として、クライアントの意図とは、ずれた看板が生まれてくる作品です。  卒業制作展では実際、100人くらいに営業して、看板をつくりました。本来、人を惹きつける目的の看板ですが、僕がつくっていたのは、あえてダサくて、かっこ悪くて、少し不快なもの。大学全体を白いペンキで塗ってギャラリーに見立てるような状況を、壊したいという欲望もあったからです。結果として、キャンパスに入った瞬間に「文化祭みたいだな」と思ってしまうような雰囲気になっていました。  自分なりにやりきったんですが、契約や展示場所、他者の問題が一気に押し寄せてきて、正直、自分の手に負えなくなってしまった。その後、この経験をあらためて振り返りたいと思って大学院に進学。現代美術を研究しながら、自分で再検証していくことで、だんだん作家になっていく。そんな過程を経て、実際に契約を結ばず、「もし有名企業と契約したら」という仮定で、ずれたイメージの看板もつくるようになりました。 みなさんが知っている「みずほ銀行」や「マクドナルド」の看板もあります。  シンガポールや青森など、いろいろな場所で看板をつくりました。実在するお店の言葉や、個人的な言葉が混ざり合って並ぶ風景がおもしろかったんです。作品のなかに他人が入ってくることも、次第に自然な風景になっていきました。  その後は制作と並行して、場づくりにもかかわっていて、一人で完結する作品というより、いろんな人とかかわりながら、プロジェクトベースで活動を続けています。 [森]  続いて、小泉さんから、なかざきさんの展示作品についてもお話しいただけますか。 [小泉]  いま目の前にあるのが、《看板屋なかざき》の作品です。このシリーズでは、依頼主と制作者の対等な関係性がつくられています。依頼主が発注しても、最終的なデザインは制作者に委ねられる。だから、当然ミスコミュニケーションが起こる。そのミスコミュニケーションを「許す」というアート作品なんです。両者のずれを許容して、解釈のねじれが組み込まれる余地が残されている。元の言葉が脱色されて、土着化され、カタカナ固有の色やにおいが立ち上がっています。  中央と地方などの権力関係が固定化されながらも、平等を装っている現代において、なかざきさんの作品は人々とともに、デザイン風、あるいは物語風、演劇風に「演じ返す」ことで、その権力性を反転させる。そして、新たな可能性を見出そうとする試みだと、わたしは捉えています。それは受け手側の解釈の余地̶ずれを起こす余地̶を生み出し、送り手と受け手側の合作としての新しい何かをつくり出すことにもなります。だからこそ、わたしたち双方を許容するような「ホーム」としてのまちの景色の可能性のようなものが、なかざきさんの作品には、ふっと浮かび上がるんですよね。看板が並ぶ、どこにも実在しないまちの風景にもかかわらず、なぜか逆説的に、みんなにとっての「ホーム」のような感覚が立ち上がってくる。 [写真:《看板屋なかざき》photo: Kuniya Oyamada]  舞台上にある看板もそうです。どこか懐かしくて、みんなを許容してくれるような感覚がある。どこか見覚えのある風景や物語の断片を結びつけつつ、しかし現実にはどこにもない景色を描き出すことで、もしかしたら「あり得たかもしれない、あり得るかもしれない社会の可能性」を紡ぎ出す。そうやってわたしたちの想像力、ひいては現実社会に介入してくるアートだといえます。 [なかざき]  今回、設置している作家の方々って、意外と「手放している」というか。使い勝手のよい絵の具や筆を使うのではなく、すごく不自由なものと格闘しながらかかわっていく。話を聞きながら、そんな関係性を思い浮かべました。そして僕も、それを大事にしているなと。  以前、学生時代の先生が、「作品は自分のものであるし、自分を表現してみたい。美術は自分の投影物なんだと最初は思う。だけど、つくり手は自分でありながら、いかに作品と他人になれるかだよ」と言っていました。  当時はその感覚がよくわからなかったんですが、作家と作品は、親と子の関係に似ていますよね。作品のことを一から十まで理解していて、常に親である自分の名前もついている、こどもみたいな感覚ではある。でも自分だって、親のことをよく知らないですよね。10代の頃、誰とどう遊んで、どんな友達関係があって、どこへ行って、何を考えていたとか……それを知らなくても、つながっていられる。まず「知らない」ことを認める。要は、こどもを自立させるということなんでしょうね。過保護に「この子はこうなの!」と全部説明することなのではなくて、自分が知らない関係を結んでいくことを許すことなのかもしれない。 [小泉]  今回のアーティストのみなさんは、いろんな見方ができる作品をつくっていらっしゃいますよね。わたしの解説はあくまで「わたしにとってはこう見える」ということなので、別の見方をしてもいいんだと思います。 [なかざき]  作家の前で作品の話をするのはいやだと思うこともあるでしょうが、作家が思ってもないような話が出てくるのが、批評されることのおもしろさです。芸術作品は、そうあってほしいと思うんですよね。  そう考えると、僕らは100年前の作品でも、どんな文化背景があったのか̶そういうことを知らなくても感動しちゃうことがいっぱいある。もちろん精一杯わかろうとして、歴史や背景を勉強することもあります。でも、全部を理解できているかどうかはわからないし、そういう「わからなさ」も、いいかなって思います。 [小見出し] ばらばらの物語がある豊かさ [森]  なかざきさんも同じ瀬戸内国際芸術祭で、地域の方に協力をお願いして作品をつくられていましたよね。依頼された側の人たちの反応は、いかがでしたか? [なかざき]  「瀬居島プロジェクト/SAY YES」展ですね。瀬居島は、埋め立てによって陸続きとなり、いまは車で行けるようになった、「かつて島だった地域」です。工業地帯が広がる道を抜けていくと、突然、島の風景に戻るような場所が現れる。そこで、廃園になった幼稚園を会場に作品を展開しました。  数年にわたって、地域にゆかりのある方々にインタビューをさせていただきました。それを100字ほどのエピソードに分けて、30個ほど切り出し、順番はあえてばらばらにして、言葉や物語のコラージュのようなかたちにしていったんです。  そこに、関係ありそうなもの、なさそうなものを含めて、僕がつくったオブジェクトや、その場所に残っていったものを組み合わせて展示しました。たとえば、お月さまのお話には、満月を連想するようなライトボックスを置いたり、漁師のおばあちゃんのお話には、亡くなったおじいさんが昔使っていた大漁旗やプロペラを置いたり。そうやって、いろいろなお話を集めた作品です。 [写真:「瀬居島プロジェクト/SAY YES」展 なかざきとおる《Say-yo, chains, what do you bind or release?》展示風景photo:Ken Kato]  歴史って、大きな力をもった人たちが、あるパースペクティブから見た、「正しい一つの大きな歴史」として語られることがありますよね。僕自身、美術をやっていて、美術史を勉強し、その流れのなかにいたいと思って制作していますが、それができているかは、もっとあとにならないとわからない。  同時に、30年したら、僕らが生きている時代も、「この時代はこうだった」という一本の歴史になってしまう側面もあると思うんです。でも、いま僕らが生きてる現実は、一本では語りきれない。10人いたら10人それぞれ違うことをしているし、勝手なことを言っているし、目立ってる人に文句を言う人もいる。渦中にいる人たちにとっては、そんなにきれいな話じゃないですよね。でも、それがすごく豊かで、おもしろい。 [宮永]  わたしも、そういうことが豊かだと思って、今日もお話を聞いていました。でも一方で、多くの人が、そこに「豊かさ」を見出せる場面は、案外少ないのかもしれない。「豊かさ」ってすてきな言葉だけれど、実は捉え方はいくつもありますよね。 [なかざき]  というか、正直、面倒くさいですよね(笑)。話を聞いていくと、みんな言っていることが本当にばらばらなんです。ここのおじいちゃんはこう言っているのに、あっちのおばちゃんは「違うよ」って言う。全然らちが明かない。でも、それがリアルなんですよね。事実と少し違っていることもひっくるめて、その人が思っていること、信じていることを、僕に話してくれる。そのこと自体がおもしろい。そうした、ぼやっとした感覚や記憶の集まりとしての歴史のあり方って、すごく人間的だなと思います。 [小泉]  「自分とは違う人である他者」に、きちんと耳を傾けるための技法、と言ってもいいのかもしれません。わたしたちはどうしても、「わからない人」と話すことを避けがちですよね。でも、アートを介して、それが一つのかたちとして見えるものになる。  なかざきさんの作品では、人々の矛盾やズレを含む視点が生み出す可能性が提示されている。宮永さんの場合は、ほかの空間や時間、他者への想像力を喚起しながら、それらを大きく包み込んでいく作品です。それぞれ異なるかたちで、わたしたち側からは見えにくい歴史の盲点や人々の物語、「他者」の感情を、強く浮かび上がらせていると感じました。 [小見出し] 「生活圏」とアートに託したもの [小泉]  現代は、わたしたちの「余暇の時間」さえもが管理され、資源として消費される社会といえます。そこでは、芸術や創作活動までもが、産業や資本主義の論理に取り込まれてしまう。「他者との違い」を生み出すためのツールとして、アートの経済的な有用性ばかりが求められてしまうわけです。  一方で、今回の展示作家の一人・こやまだとおるさんは「眺めるというコト」という論考で、こんなことを書いています。「私は他者にはなれない、でも、他者の視線は私に内在する可能性がある。その日から、眺めることは目的から愉しみに変わった」。ここでは「他者」の感情を想像し合うような共感・同感の力が想起されます。  わたしたち一人ひとりの「居場所」や「ホーム」は、決して閉じたものではなく、常に誰かやどこかとつながりながら成り立っている。そのつながりの重要性を可視化するものとして、すぐには理解できない表現や、社会的な関係性そのものを価値として含み込むアートや実践があります。  これまでの文化政策では、すでに存在し、理解可能で、定義された作品や活動が、主に評価の対象とされてきました。そこでは、普遍性や安定性が前提とされ、時に排除を伴いながら、政策を組み立ててきた側面があったと言えます。  しかし、これからわたしたちが重視すべきなのは、すでにある評価の定まったものだけではありません。まだ存在していないもの、あるいは簡単には理解できず、明確に定義さえできないプロジェクト、そうした、結果ではなく協働や包摂、変容の「プロセス」そのものを価値とする活動こそが、重要な意味をもつはずです。  それに伴い、わたしたちがもつ価値の基準そのものも、更新されていく必要があります。狭い意味での美学的な美しさや経済的な指標だけではなく、人と人との関係性のなかから生成される新たな価値に、目を向けていくことが求められています。  今回、「生活圏」とアートというテーマで語られた営みや作家たちの言葉、実践の積み重ねは、こうした文化政策に対する視点の転換を示しているのではないでしょうか。 [森]  ありがとうございます。今回のお話を通して、「生活圏」とアートという言葉に託したものを、ぼんやりとでも感じ取っていただけたでしょうか。「生活圏」は時代とともに変化し、わたしたちは移りゆく、ある一つの価値観のなかに身を置いているにすぎません。無自覚にいまの社会を捉えてしまいがちなところを、アーティストが少しだけずらしてくれたり、問いを投げかけてくれたり。アートが介在することで、豊かさとも、混ぜ返しともいえるような状態で、ものごとが動いていく。そうした感覚を「生活圏」とアートと言い表してみた、というところです。  それは、たとえば海辺の美容室のように、美術館の「ホワイトキューブ」のなかでは持ち得ないアートのあり方なのではないでしょうか。今回は、その具体的な事例のお話を聞くことができたと思います。  言葉がまだ用意されていなかった仕事が、次第に言葉を得て、定義されていく。その言葉が、さらに流れを生み出していく̶そうした変化を感じ取っていただきながら「居場所とわたし」から「わたしの居場所」への議論ができればと思っています。 [本文終了] [オープニングセッションのページ終了] [38ページ、セッション1のページ開始] [タイトル] 他者とともに生きるための実践 [リード文開始] 動物園・水族館での生きものとの触れ合い、そして医療福祉とアートをつなぐ試み。一見すると異なる領域の取り組みにも思えるが、いずれも他者とともに生きるための実践が日々重ねられている。領域を超えて語り合ったのは、動物園・水族館の教育普及に携わる天野未知さんと、医療とアートを横断しながら地域の場を育てる唐川恵美子さん。二人はそれぞれの現場で、ケアをどのように捉え、人と生きもの、人と人の関係性を編み直してきたのか。神奈川県障害者芸術文化活動支援センターを運営する田中まみさんを聞き手に、その実践と思考をたどる。(セッション1 文化的なケアの実践) [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 天野未知(読み:あまの みち) 東京動物園協会 教育普及センター所長 東北大学で海洋生物を学んだのち、葛西臨海水族園に就職。都立動物園・水族園で、生きものや生きものの暮らす自然環境の魅力や尊さを「伝える活動」に携わる。現在、上野動物園、多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園の4つの園の教育普及活動を統括、サポートするポジションで、来園する多様な方々一人ひとりに楽しい学びを提供するために奮闘中。趣味は里山歩きや素潜りでの生きもの観察。 [写真:あまのみちの顔写真] 唐川恵美子(読み:からかわ えみこ) 「ほっちのロッヂ」文化環境設計士 東京外国語大学ドイツ語学科および同大学院修士課程を修了後、東京都内・福井県内の公共ホールにて事業企画運営に携わる。2017年より地域のなかでアートが根づく「アーティスト・イン・ばあちゃんち」主宰。2020年、長野県軽井沢町にオープンした「診療所と大きな台所のあるところ ほっちのロッヂ」へ参画し、医療福祉ケアを担うスタッフやアーティストとともに作品制作、地域活動を展開している。 [写真:からかわえみこの顔写真] 田中真実(読み:たなか まみ) STスポット横浜 事務局長・副理事長 東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。2008年より「STスポット横浜」に入職。文化施設や芸術団体と学校現場をつなぐ横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局、地域文化をサポートするヨコハマアートサイト事務局の運営を行政と協働で行う。2020年より神奈川県と協働し、福祉現場と芸術文化をつなぐ神奈川県障害者芸術文化活動支援センターを運営。「アートNPO リンク」スタッフ、「アクションポート横浜」理事。 [写真:たなかまみの顔写真] [登壇者プロフィール終了] [本文開始] [小見出し] 生きものをみる目、生きものを感じる心 [田中]  わたしたち3人は異なる分野の現場をもっています。今日はそれぞれの実践を通して、「文化的なケア」って何だろうということを一緒に考えていけたらと思います。まずは天野さんから、動物園・水族館の教育普及活動について教えてください。 [天野]  いま日本にある動物園・水族館は、大小合わせて約290か所。これは世界的にも多いほうで、日本人は動物園・水族館が大好きといえるでしょう。また、乳児から高齢者まで幅広い世代が訪れ、レジャー、観光、散歩など来訪目的もさまざまです。 2024年には東京都の4園で、約630万人ものかたが来場しました。  日本の動物園はこどもの娯楽施設として発展してきました。しかし、近年は生きものの減少や絶滅種の増加を背景に、動物の保全や教育、調査研究を担い、多様な人々に生きものを介した学びを提供する社会教育施設へと役割を大きく変えています。わたしが所長を務める教育普及センターも、こうした流れのなかで、7年前に設立されました。  わたしたちが大切にしているのは、生きものをただ「かわいい」とみるにとどまらず、「なぜ?」と問いをもちながら、じっくり観察し、能動的・科学的に「観て」学ぶ姿勢を育む場にすること。気軽に参加できるものから専門的なプログラムまで、また、障害のあるこどもや動物園・水族館に来られないかたに向けても、多様な学びの機会を提供しています。  近年は、虫とりや釣りの体験が少なく、自然の変化に気づきにくいこどもが増えていると言われます。「生きものをみる目」「生きものを感じる心」が弱まりつつある現状を踏まえると、「保全」とは、人と自然が共生する関係を取り戻すことではないでしょうか。動物園が入り口となり、自然への興味や理解を深め、生きものや環境と継続的な関係を築くきっかけとなることを目指して、日々、教育普及活動に取り組んでいます。 [写真:学校団体の児童に生きものの見方を伝える様子。] [田中]  唐川さんは、「ほっちのロッヂ」の文化環境設計士として、医療福祉の現場に従事されています。具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか? [唐川]  ほっちのロッヂは、一言で言えば「診療所と大きな台所のあるところ」です。病院に通いにくい方や自宅療養中のかたに向けて医療を届ける活動を行っています。高齢のかたや主に障害のあるお子さんも制度を使えるようになっているので、さまざまな年齢や状態のかたが集まる場でもありますね。「ケアの文化拠点をつくる」こと、そして「症状や状態、年齢じゃなくって、好きなことする仲間として、出会おう」を合言葉に、医者や看護師も一緒にサークル活動に参加するなど、立場を超えたかかわりが生まれています。 [写真:ほっちのロッヂ外観]  わたしが担当する文化企画には、大きく三つの柱があります。一つ目は「地域連携」。地域の方々と好きなことを通じてつながる取り組みです。編み物やランニングなどのサークル活動や、地域のお祭りへの出店などを担っています。ほかにも放課後にはこどもたちが自由に過ごせるアトリエ活動を行ったり、第二土曜日には「土曜自習室」として、地域のかたがやりたいことを持ち寄れる日を設けたりもしています。  二つ目は「滞在制作支援」です。プロのアーティストに一定期間滞在してもらい、互いの経験を交換しながら、創作のきっかけを得る創作支援を行っています。  三つ目の「広報啓発活動」では、医療福祉をアップデートするアイデアや、地域のかたから生まれた実践を発信しています。緊急避妊ピル処方をはじめたのをきっかけに、町内の保育園や学校での性教育をしたり、多様性を尊重する地域を目指し、玄関にプログレスフラッグを掲げ、外国籍の住民への医療通訳・発育の相談をしたり。病気になってから行く場所ではなく、好きなことをする場所として地域の方に認識してもらいたいと考え、日々取り組んでいます。  最近では、サーカスアーティストの金井ケイスケさんとともに、さまざまな状態のかたが参加できるプロジェクト「つながるサーカスキャラバン」もはじめました。医者が患者に一方的に「処方」するのではなく、それぞれの関心を起点に関係を築く。その考え方を地域にも広げながら、「ケア」をよりひらかれた文化として育てていきたいと考えています。 [小見出し] 自ら気づき、動きたくなる状況をつくるには [田中]  それぞれの現場で、訪れてもらうこと自体をゴールにするのではなく、その先を見据えていらっしゃる点がとても印象的でした。同時に、誰かから与えられるのではなく、自ら何かに気づき、発見していくことの重要性も感じました。天野さんは、来園者が能動的に発見していくために、どのような実践をされていますか? [天野]  たとえば、生きものビンゴやクイズをするときは、知識がなくても、生きものをちゃんと観れば答えにたどり着ける問題にすることを心がけています。ほかにも、肉食動物と草食動物の目の位置の違いを学ぶ際には、実際にお面にしてかぶって体験してもらったり、干潟や田んぼなど園外にフィールドを広げ、自然のなかで体験するプログラムをおこなったり。知識を教えるより先に、身体や感覚を使って気づいてもらうことを大切にしています。  遠方に行かなくとも、身近な都会にも小さな自然はあり、そこにもさまざまな生きものがいる。だからこそ動物園・水族館は、自然や生きものを「観る」ことを楽しめるようになるための、トレーニングの場でもありたいなと思っています。 [唐川]  わたしたちはどんな人も出入りがしやすく、継続しやすい場にすることを意識しています。たとえば月1回、あるいは2回など、頻度だけを決めておいて、「そろそろ編み物をしたいな」と思った人が主催者になる。そうした気楽なあり方の方が、結果的に長く続き、うまくいく実感があります。  また、困りごとで集まるのではなくて、興味を惹かれるものや好きなものを中心に集まることも大切にしています。そこに、たまたま看護師の資格をもっている人がいたり、身体のことに詳しいリハビリのトレーナーがいたりする。そうして編み物をするなかで介護の上での困りごとの話題が出れば、周囲の人が自然と動いていく。「この人のためだったら、動いてもいいな」と思える関係性が、地域のなかで生まれていくかたちがいいなと思っています。 [田中]  言い出しっぺが入れ替わることで、「ここがないと生きていけない!」とある意味で依存してしまうことも避けられそうですね。 [唐川]  ほっちのロッヂ共同代表の紅谷浩之は、医療者として「眼鏡」のような存在でありたいと、よく話しています。眼鏡は視力を矯正するための医療機器として生まれ、生活を根底から支えているものですが、いかにも医療機器という存在ではない。視力が悪くなくても、おしゃれとして身につけることもありますよね。医療者も、そんなふうに意識しないくらい自然な存在になれたらいいなと。  医療はあくまで解決策の一つにすぎず、日常生活のなかでたまに頼るくらいの存在でいい。たとえば、医者が「患者」と呼ばれる人に出会い、「この人には薬じゃない気がするんだよね」とつぶやいたとします。すると、保育士の資格をもつ人が「この人、本当は何がしたいのかな?」と言い、それを聞いたこどもたちが「この人、絵が上手らしいから、漫画の描き方を教えてほしい」と言う。そこでわたしが「この人にアトリエの先生をやってもらおうかな」と言うと、看護師の資格をもつ人が「おもしろそう」と賑やかしてくれる。そんな状況が日々の現場で生まれています。  人が抱える困りごとはとても複雑で、行政、警察、病院など窓口が分かれてしまっていては、なかなか解決につながらない現状があります。そんななかで、「ほっちのロッヂなら、医師も看護師もこどもの専門家も、場合によってはアートの人もいるし、きっと何とかしてくれるよ!」と言って、託されることもあります。 [田中]  そう考えると、ほっちのロッヂがすべてを背負うのではなく、どこまでを担い、どのタイミングで専門家に手渡していくのか、その見極めも重要になってきますね。 [小見出し] 身近にある自然に目を向ける [天野]  動物園には、飼育係や獣医師、教育、事務をはじめ、機関誌『どうぶつと動物園』の企画編集担当など、さまざまな職種の職員がいます。ですが、獣医以外は、就職してから現場で専門性を身につけていくことが多いですね。また、来園者から求められる専門性も、時代とともに変化し、多様化しています。その変化に応えるために、国が推進する絶滅危機動物の保全活動に協力したり、地域の小学校と地域の方々をつなぐハブとなる役割を担ったり、ネットワークづくりも含めて専門性を更新してきました。 [田中]  自然や生きもの全般の専門家でありながら、地域に根ざしているのは心強い。一方、より専門的な知識や資格が必要な医療・福祉分野では、状況が違いそうですね。 [唐川]  特にいま、専門家しかもっていない「人がどのように命を終えるのか」という知見は、とても重要だと感じています。がんの末期には何が起こり、どのように終わりに近づいていくのか。こうした情報を専門家以外の人にも少しでも共有できたら、悲しみを支え合えるよりよいコミュニティが生まれるかもしれません。医療福祉の専門性は敷居が高く見えがちですが、核にあるのは人間の普遍的な営みです。だからこそ、文化として地域にひらいていけるのではないかと感じています。 [天野]  生きものの知識も、ただ「教わった」だけだと、なかなか身につかない。自ら「調べたい!」と思ってもらうにはどうしたらいいか模索中ですが、学校で生きものを飼育するサポートをしたり、自宅でビオトープをつくったりといった普及活動にも取り組んでいます。「ビオトープをつくって、メダカを飼ってみたけど死んじゃった。鳥が来て、いたずらしたのかな」̶そうやって、現象から生きものと自然とのつながりを感じ取ることでこそ、自ら知識を得る意欲が湧いてくると思っています。もちろんパンダやゴリラ、キリンのことも知ってほしいですが、もっと身近な生きものに焦点を当てたきっかけづくりが、これからの動物園の大きな役割なのかなと考えています。 [唐川]  ほっちのロッヂの前にも森があって、いつでもはいれるようになっているのですが、足を運ぶスタッフは意外と少ないですね。軽井沢は標高1000メートルの場所なので、ここにしか生えない野草も多くあるのに、それを見分けられるスタッフは数えるほどしかいなかった。そこで、「森のなかで、何をしてもいいですよ」とアーティストの方々を4人同時にお招きしたんです。  そのうちの一人、𡧃田ももさんはまず草刈りからはじめて、自分たちで植物を調べ、マッピングしていきました。さらに、夏草で「三つ編みの道」をつくったり、桑の実をあちこちに埋めて芽が出るかどうかを試したり。造園屋さんのようにきれいに整える庭仕事ではなく、植物の存在に気づけるちょっとした仕掛けを、森のなかにたくさん散りばめてくれたんです。アーティストの動きを見ているうちに、スタッフも「自分が興味を惹かれるところにフォーカスして遊べばいいのか」と気づいていく。日常にあるおもしろさに目を向けることができたプロジェクトだったなと思っています。 [田中]  何かをしてあげることなのではなく、自分のなかでトライ&エラーを重ねながら更新し続けていくことこそが、「ケア」なのかもしれませんね。 [小見出し] 受け取り方の違いに「ケア」がある [田中]  本日のテーマである「文化的なケア」という言葉を聞いたときに、お二人はどのようなことを想像されましたか? [唐川]  わたしは、ケアというのは、一人ひとりの「表現」だと思っています。人や動物、あるいは自然がそこにいたときに、どう反応するか。その反応の仕方は人によって違いますし、反応しない人もいる。ケアという言葉の語源にも、「気遣う」「気づく」といった意味がありますよね。だから、どんな状況だったら反応が生まれるのかを試している場そのものが、「文化的なケア」の実践なのかなと思います。 [天野]  動物園で言えば、生きている動物と向き合ったとき、受け取るものは本当に一人ひとり違うと思うんです。美術館や博物館でも同じことが言えるかもしれませんが、生きている動物の存在がよりそれぞれの想像力を引き出してくれる̶それが人を引き寄せる力になっているようにも思います。動物を前にすると、自然と会話が生まれる。だから、家族と一緒に来たり、初めてのデートで訪れたりする。そうした状況そのものが、文化的なケアにつながっているのかもしれません。 [田中] ケアの対象は、人だけに限りませんよね。動物や自然、あるいは建物を対象にしても、ケアという言い方ができるのかもしれない。  また、ケアは勉強や研修、処方のように一方向の矢印が見えてしまうものとは違って、双方向性を感じられる営みでもあります。動物がどう感じているかは人間にはわからなくても、こちらをじっと見つめ、何かを感じている様子は伝わってくる。そのやり取りや、自分もまた自然の一部であると実感できることも、ケアなのだと思いました。動物園やほっちのロッヂのように、さまざまな人が行き交う場所で、大事にされていることや工夫についてもお伺いしたいです。 [天野]  動物園を運営するわたしたちは「生きている動物がいれば、自然とお客さんが来る」と、どこかであぐらをかいていた部分があったと思います。でも本当に、誰もが楽しく過ごせる動物園になっているのかと、反省するようになりました。  オランダ・ロッテルダム動物園発祥の「ドリームナイト・アット・ザ・ズー」は、障害のあるこどもや小児がんを抱えるこどもとその家族を、閉園後の動物園に招待する取り組みです。1996年にはじまり、現在では世界中に広がり、都立動物園でも10年ほど前から実施しています。  この経験を通して、特別な日だけでなく、いつでも安心して来てもらえる環境を整える必要があると感じ、感覚過敏の方に向けたセンサリーマップの公開や、事前に流れを伝えるソーシャルストーリー[注1:発達障害(特に自閉スペクトラム症)のある方や小さなこどもなどが、現場での体験や流れ、ルールなどを事前に視覚的に理解することで、安心して楽しめるようにつくられた社会学習ツール。注1終了] の用意にも取り組んできました。  ただ、ツール以上に大事なのは、わたしたち自身の意識です。どんな人が利用しづらさを感じているのかを想像し、一人ひとりに向き合っていく。その姿勢こそが大切だと感じています。 [唐川] 「つながるサーカスキャラバン」では、重度の障害があるこどもたちを含めて、さまざまな状態の人たちが参加しています。そこでわたしが何より大切にしているのが、「安心感」です。「誰でも来てください」という言葉のなかに、「自分も含まれている」と感じてもらえるよう、言葉遣いには特に気をつけています。  たとえば、募集要項には「年齢不問。からだの状態や能力不問。」と書き、「障害や病気、医療的ケア、外国のルーツと共に生きている、またはそうした人との活動に興味と共感をもっていること」と明記しています。  本番会場で配布するチラシには、「感動したら、拍手や歓声、呼吸器のアラームで知らせてね!」とも書きました。呼吸器のアラームは緊張感のある音ですが、必ずしも危険を知らせるものではありません。楽しくて心拍数が上がるだけでも鳴ることがある。そうした背景を共有しながら、「楽しいときには、どんどん鳴らしてください」というメッセージを込めています。 [写真:医療的ケア児が空中芸を披露する「ムーンナイトサーカス 2023」 ©矢萩篤史] [田中]  最後に、今後チャレンジしていきたいことを教えてください。 [天野]  唐川さんがおっしゃった、「自分も含まれている」という安心感が、すべての出発点だと思います。動物園は門戸の広い施設ではありますが、まだまだ十分ではないと感じています。誰もが安心して訪れ、学べる場所にしていきたいですね。そのためにも、異なる分野や施設の人とつながり、意見を交わす場が必要だと感じました。 [唐川]  医療の現場で専門家だけがもっている情報を、もっとひらいていきたいと思っています。人が生まれて、どのように命を終えていくのか。その最期の瞬間は、いまはごく限られた人しか立ち会えません。でもそれを、アートを切り口に、文化的な経験として地域のなかで共有していけたらと考えています。 [田中]  わたしはこれまで、障害のある人やこどもを対象に活動してきました。関係性を築くためには、対象をある程度絞る必要があると感じていたからです。でも今後は、地域に暮らす人たちとの関係づくりにも挑戦してみたい。そして、文化施設の方々と悩みや違和感を共有しながら、仲間を増やしていきたいです。 [本文終了] [引用・参考文献] 注1:ソーシャルストーリー、東京ズーネット 上野動物園「ソーシャルストーリー もっと しりたい もるもっと」 2026年2月18日取得、 https://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/childrenszoostep/moru-SocialStory/index.html [セッション1のページ終了]