[227ページ、セミナー3のページ開始] [見出し] 手話通訳の基本と理論の重要性 社会をひらくための「ことば」 [リード文開始] 聴者で手話通訳士の飯泉菜穂子さんと、聾者で手話を第一言語とする那須映里さん。個々の手話通訳における経験を共有しながら、「言語」としての手話のあり方、ニーズが 高まる手話ネイティブによる手話通訳者の可能性、そして情報保障を支えるコーディネーターの役割まで、手話通訳の現在を網羅的に解説した。 [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 飯泉菜穂子(読み:いいずみ なおこ) 手話通訳士、手話通訳技能研修講師 登録手話通訳、NHK手話ニュースキャスター、民間初の手話通訳養成校(世田谷福祉専門学校)手話通訳学科学科長、国立民族学博物館手話言語学研究部門特任教授、聴力障害者情報文化センター公益支援部門部長などを経験。 [写真:いいずみなおこの顔写真] 那須映里(読み:なす えり) 役者、手話エンターテイナー 日本大学法学部新聞学科卒業。デンマークのフロントランナーズで聾者によるリーダーシップを学び、帰国後は役者、エンターテイナー、国際手話通訳などとして活動。テレビや舞台出演のほか、近年は脚本も手がける。 [写真:なすえりの顔写真] [見出し] 手話は一つの「言語」  最初に話されたのは「手話とは何か」だ。手話の基本概要を説明する前に、那須さんはこのように話した。「手話は〝言語〞です。これは世界的には当たり前の考え方なのですが、日本では、手話を音声言語と対等な一つの言語として位置づける手話言語法が制定されていません。この2025年に手話施策推進法が施行され、認識は変わりつつあるものの、手話言語法として成立することが重要。いま、聾者たちは制定に向けて運動しています」。  日本で使われている手話には、日本手話と日本語対応手話の二つがある。日本手話は独自の文法をもち、眉や肩、視線など身体の動きを使って意味を補う「NMM(Non-Manual Markers)」や、話者の立場や視点を身体の向きで切り替える「ロールシフト」といった表現を含む。聾者が第一言語として日常的に用いるのは、この日本手話だ。対して、日本語対応手話は、日本語の語順に手話単語を対応させて表現する。これは、聴者や中途失聴者が理解しやすい一方で、聾者に意味が伝わりにくい側面もあるという。  たとえば、「今日も猛暑日ですが、ここまで足を運んでくださりありがとうございます」という文を、日本語対応手話と日本手話に置き換えてみる。まず那須さんは、この文を日本語対応手話で表現した。このとき、「足を運ぶ」は「足/を/運ぶ/もらう」という手話単語で示される。聾者にとって、これは「足を持ってくる」といったニュアンスに受け取れるのだという。一方の日本手話は、日本語の順番通りに表現するのではなく、独自の語順と単語があり、暑さの度合いや感謝の想いなどを伝える、表情や身体の動きが文法になる構造だ。それにより、要点をつかみやすい自然な語調となることがうかがえた。 [資料:投影されたスライド資料より。日本語文、日本語対応手話、日本手話の比較。]  また、世界中で用いられる共通のコミュニケーション手段には、国際手話がある。海外では美術館や博物館における鑑賞時の情報保障として導入が進み、デフリンピックなどの大規模な国際イベントにおいても国際手話通訳者の配置がスタンダードだ。しかし、日本ではまだ浸透していないのが現状でもある。那須さんは「国際手話通訳者の育成を一生懸命進めているところなんです。でも少しずつ、聴者の手話通訳者との協働の機会も増えてきています」と話した。 [小見出し] 手話通訳者と手話表現者  それから、話題は手話通訳者の役割へ。飯泉さんは、「そもそも手話通訳とは、 〝誰のため〞の仕事なのでしょうか?」と問いかけた。会場には二人の手話通訳者が配置されているが、これは飯泉さんの音声を手話に翻訳する「聞き取り通訳」と、那須さんの手話を音声に翻訳する「読み取り通訳」を行うためだ。つまり、聴者と聾者双方が、互いの発言や考えを理解するためだ。「手話通訳は〝聴覚障害のある人のサポートをする仕事〞と思われがちですが、実は世の中にいるすべての人へ、情報保障をする仕事なんですね」と飯泉さんは語る。  手話通訳が担うのは、音声言語と手話言語間の通訳にとどまらない。日本手話と同様に、海外にもさまざまな文化圏で自然発生的に生まれた手話があり、世界共通の国際手話も浸透している。そうした、異なる手話言語間も含め、二つの異なる言語間の通訳を行うことが、手話通訳の役割と言えるのだ。  また、飯泉さんは、聴者として手話通訳を行う自身の立場から、手話ネイティブ(聾者)による手話通訳の可能性についても言及する。「手話を第一言語として獲得している人は、自然な手話文法が身についています。話者の意図やニュアンスをより確かに手話で通訳できるのです。メッセージを受け取る聾者にとっても、メッセージを伝えたい聴者にとっても、意義のあることだと思います」  那須さんも、手話ネイティブの通訳者として活動する一人だ。ただ、依頼内容によっては「手話表現者」として引き受けることもあるという。  たとえば、すでに開催されたイベントの動画字幕を手話で表現する場合。通常、手話通訳は、話者の発言をリアルタイムで通訳していくため、誤訳や抜け落ちる情報もある。リテイクを行う際は、同時通訳ではなく情報が端的に整理されたテキストを手話に翻訳する方が、正確性が高くなる。  また、聾者は第一言語である手話を読み取る方が理解はスムーズだ。そこで手話表現者に求められるのは、文意や動画制作者の意図を把握し、情報が不足している箇所には、聾者がわかるように字幕では表れにくい情報を付加するという文化的な調整―いわば「表現」。那須さんは「間違いがあったり、伝わらなかったりすることが情報格差になるので、正確にわかりやすく伝える工夫が大切なんです」と語る。その背景には、日本手話を第一言語とする人が、母語で情報を受け取る権利に応えようとする姿勢がうかがえる。 [写真:登壇者2人の様子]  さらに那須さんは、手話通訳者と手話表現者の違いを、国際手話通訳のNG例を交えて解説した。それは、ある会議で海外の話者がオーディエンスに向けて質問をしたときのこと。手話通訳者は日本の文化背景も踏まえて、「オーディエンスがわからないのではないか」と考え、その質問をわかりやすく伝えようと日本にあるものを例に付加して訳したという。話者はそのあとに「日本の場合はどうかな?」と質問をしたが、オーディエンスはすでに通訳から日本の例を聞いていたため、あまり考えずに答えることができた。本来ならば、話者はオーディエンスに考えてもらう時間をつくりたかったはずだが、手話通訳者の機転が、かえってその機会を奪ってしまうかたちとなった。こうした対応に正解はなく、難しい例と言える。  そして、「手話表現者の場合はある程度、演技など自分の色を出すことができますが、手話通訳の場合は話者を尊重しなければいけない。超えてはいけないラインがあるんですね。そこに、手話通訳と手話表現者の違いがあると思います」と続けた。 [小見出し] 現場と手話通訳者をつなぐコーディネーターの役割  聾者のイベント参加や作品鑑賞を楽しむための環境整備が進み、聾者自身が作品の手話演者・監修などを担う機会も増えている昨今。それらの活動に並走する手話通訳者のニーズも多岐にわたる。これから手話通訳による情報保障を実践しようとする芸術文化事業担当者などは、どのように手話通訳者とコンタクトを取ればいいのだろうか。その方法とポイントを、飯泉さんは次のように挙げた。  まずは依頼先。都道府県単位で設置されている公的派遣の窓口に登録通訳者の紹介・斡旋や相談をするとよい。またエージェントを活用するほか、協働するろう当事者による指名や通訳者同士による推薦も、習熟した手話通訳者を選出する手立てとなる。  そして、必要人数について。今回のセミナーは、二人の手話通訳者が配置されている。しかし、それは「(聴者と聾者の)二人が登壇するから」ではない。長時間のプログラムの場合は、手話通訳者の負担軽減と精度維持のため、複数人の派遣が必須だ。  映像や画像、音声収録を行う際にも、注意すべきことがある。手話通訳は、一回性の同時通訳である場合が多い。許可なく動画や写真を撮影し、ウェブサイトやSNSで公開することは控えるのがルールだ。  さらに、より質の高い手話通訳を行う上では、事前に関連資料を提供することも重要だ。イベントの場合は、当日のスケジュールはもちろん、登壇者の選出意図や活動背景、テーマにまつわる資料などが通訳準備の大きな参考となる。登壇者がスライドを使用する場合、それも共有しておく必要がある。  このほかにも、通訳現場における照明や音響などの環境整備、今回活用されたUDトークのような文字情報の提供有無など、必要な配慮や準備はさまざまある。こうした点から認識させられるのは、手話通訳者を派遣するにも、経験と知識による采配が求められるということ。「だからこそ〝手話通訳コーディネーター〞を活用してほしいんです」と飯泉さんは語る。  手話通訳コーディネーターとは何かを一口に語れば、現場に応じて手話通訳者を選択・依頼し、関係者と円滑なコミュニケーションを調整する存在と言えるかもしれない。那須さんは、自身の体感も込めて、その役割を「折衝役」と言い表す。「通訳の内容や現場環境、手話通訳者の経験値や質、ろう当事者の話者との相性……そうした機微を織り込んで適任者を探すこと。そして、手話通訳者の要望や意見を、主催者や会場オペレーター、ろう当事者の話者とすり合わせて調整すること。手話通訳コーディネーターは、適材適所の人員配置とデマンドコントロール(あらゆる課題へ、臨機応変に対処すること)ができる人なんです」 最後に会場へ伝えられたのは、「情報保障とは、『わたしはここにいていいんだ』と、誰もが安心して感じられる場をつくるための最初の一歩」という二人の想い。手話通訳の意義と、その背後にある緻密な仕事を実感する時間となった。 [セミナー3のページ終了] [234ページ、テーブルトークのページ開始] [タイトル] 動画における情報保障 芸術文化に触れるコンテンツをすべての人に届けるために [リード文開始] 会議やイベントの模様を記録し、振り返ることのできるアーカイブ動画。 「だれもが文化でつながる国際会議2024」のアーカイブ動画制作に携わった二瓶剛さん と平塚千穂子さんが、動画視聴にまつわる情報保障の取り組みについて語った。 [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 二瓶剛(読み:にへい ごう) ディレクター 映像ディレクター、プロデューサー、構成作家、編集者。ドキュメンタリー、美術番組など文化芸術にかかわる多様な映像制作に携わる。最新作はNHK総合「全身芸術家 横尾忠 則88歳」。2024年にアクセシビリティに注力した映像制作を行うため、「ONDO Lab」設立。 [写真:にへいごうの顔写真] 平塚千穂子(読み:ひらつか ちほこ) CINEMA Chupki TABATA 代表 早稲田大学教育学部教育学科卒業後、2001年に「City Lights」設立。視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに取り組む。2016年にユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA」設立。著書に『夢のユニバーサルシアター』(読書工房、2019年)。 [写真:ひらつかちほこの顔写真] 二瓶さんは最初に、自身がディレクションを担った「だれもが文化でつながる国際会議2024」の手話通訳付きアーカイブ動画の制作手法について解説した。  このとき収録に臨んだのは、字幕を手話通訳する聾者の手話表現者と手話監修者、映像ディレクター、内容や用語の監修を担うアーツカウンシル東京担当者、手話表現者と制作陣の通訳を行う聴者の手話通訳者というチームだ。撮影時は手話表現者を囲むように制作陣を配置し、本番映像をイメージした字幕表示モニターと台本表示モニター、カメラの位置などを手話表現者が通訳を行いやすい位置に合わせるという工夫も凝らした。そうした現場を築き、チーム内で相談を重ねながら進行した撮影を振り返りながら、二瓶さんは「体制づくりに決まりはありません。動画の内容やコスト、制作期間を考慮し、手話表現者が安心して不便なく翻訳にあたれる環境を、コミュニケーションをとりながらつくっていくことが重要です」と話す。 [写真2枚:1枚目は字幕と手話通訳を付与した動画のキャプチャ。2枚目は収録時の様子。] 国際会議のアーカイブ動画では、聾者の登壇者が手話で話す場面もあった。しかし、視覚障害のある人は、手話や字幕を見ることができない。そこで協力を仰がれたのが、日頃から音声ガイドなどの映画鑑賞サポートを行う平塚さんだ。 ここで平塚さんは、映像に読み上げ音声を重ねるボイスオーバーという方法を取り入れた。映画ではアクションや表情などセリフ以外の情景描写を音声ガイドと して解説するが、国際会議の映像は視覚的な変化が少なく、何より重要なのは〝登壇者が何を話しているかがわかること〞だ。だからこそ、それぞれの人柄や雰囲気に合う声優が、発言内容を感情などのニュアンスも含めて表現することが適していると考えたという。  加えて、平塚さんは通常行われる音声ガイドのデモンストレーションとして、TURN LANDプログラムで制作された施設紹介動画の一部を、映像なし、映像なしの音声ガイド付き、映像ありの音声ガイド付きという3パターンで上映。視覚情報や解説の有無に よって、理解の仕方が変化することを参加者も体感した。平塚さんは締めくくりの言葉として、「さまざまな感性、身体、価値観があると知ることから、映像を大切に楽しむ環境が生まれる。そして、それを実現しようという想いが、誰もが一緒に生きられる社会を築 いていくのだと思います」と意思を示した。 [235ページ、テーブルトークのページ終了] [235ページ、下段、エキシビションのページ開始] [タイトル] アクセシビリティ整備に活用できるデバイス ロジャー 出展 フォナック補聴器(ソノヴァ・ジャパン) 騒音下や離れた距離での会話をサポートする補聴援助システム。送信機で集音した音声を 補聴器や人工内耳へ直接届け、背景雑音下の会話を補助。複数台の送信機への接続によ り、複数話者の声もクリアに聞くことができる。 [写真:出展者によるデバイス紹介の様子。] VUEVO(ビューボ) 出展 ピクシーダストテクノロジーズ 独自の高精度ワイヤレスマイクと話の方向・発言内容が把握しやすいインターフェースで、聴覚障害のある人と聴者の円滑なコミュニケーションを実現。リアルタイムで字幕・翻訳を表示するディスプレイも展開している。 [写真:出展者によるデバイス紹介の様子。] [エキシビションのページ終了] [237ページ、セミナー4のページ開始] [タイトル] 学習障害と支援教材 学びの多様な入り口 [リード文開始] 五感やそれを介した認知、日常生活のなかの小さな行動から、好き嫌いの判断まで、異なる特性をもつこどもたち。かれらにとって、学びを支える環境や教材の存在は欠かせない。こどもたちの居場所づくりを自身のスタジオで行う写真家の加藤甫さんと、教育現場における書体のあり方を探るデザイナーの高田裕美さん。その対話から、現場でこどもたちと向き合う際に必要な視点を探った。 [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 高田裕美(読み:たかた ゆみ) 書体デザイナー 「UDデジタル教科書体」「BIZ UD」などユニバーサルデザイン書体の開発を担当。ロービジョン(弱視)研究者や現場の教師と連携し視覚に特性のあるこどもの読みやすさを追求。現在は、UD書体の普及をはじめ、講演や執筆など幅広く活動。 [写真:たかたゆみの顔写真] 加藤甫(読み:かとう はじめ) 写真家、Studio oowa(読み:すたじおおーわ) 主宰 記録・ドキュメント・アーカイブの考え方をベースに、アーティストや企業・福祉施設などと協働。2022年には、横浜市に写真スタジオ「Studio oowa」を開設し地域のこどもや保護者、特別支援学校の先生が集う“支援の周りの居場所”づくりに取り組む。 [写真:かとうはじめの顔写真] [小見出し] こどもの「わからない」を見る  写真家の加藤さんが、障害のある人やアーティストが協働するプロジェクトにつくり手としてかかわるようになったのは、ダウン症の長男の誕生がきっかけだったという。現在ライフワークとして取り組んでいる、知的障害のあるこどもたちやその家族の居場所づくりを行う「Studio oowa」の活動も、その延長線上にある。「うちは支援をする場所ではなく、支援の〝周り〞にある場所なんです」と、加藤さんはスタジオの役割を表現する。  その言葉の通り、スタジオでは特別支援学校の教師や地域の家族など、支援にかかわる人たちが集まり、〝特別支援教材〞を手づくりする会がひらかれている。特別支援教材とは、こどもたち一人ひとりの発達特性に合わせて用いられる学習教材のこと。その多様さゆえ、多くの教材はホームセンターや100円ショップの材料、既存の玩具などを活用し、教員の手でつくられている。「親にとっても、教材を介すことで、こどもが『どこがわからなくなっているのか』『なぜつまずいているのか』が見えてくるんです。問題行動とされがちな行動の理由も、少しずつ理解できるようになってきます」と加藤さんは語る。  支援教材づくりでは、市販の知育玩具のように、さまざまな機能を盛り込みたくなる。しかし実は、シンプルであることが重要だという。「機能を入れすぎると、〝攻略法〞を覚えるだけになってしまって、学んでほしい概念の理解にはつながらないんです」と加藤さん。押したら動き、離せば止まる。ただそれだけの教材でも、行動と結果の関係を理解するための大切な手がかりになる。 [写真:特別支援教材「ゴルフボール入れ」。手の平いっぱいの大きさ、重みのあるボールを、高さの異なる透明の筒へ「ゴトッ」と落とす感覚を味わう装置。筒にボールを落とし入れる快感をその場にいる人と共有し、ある種の協働関係を生み出す。そのほかの教材については、Studio oowaのnoteを参照https://note.com/studio_oowa/n/n52e04d257851] [小見出し] 書体が学びを左右する ̶UDデジタル教科書体の誕生  一方、高田さんが取り組んでいるのは、視覚障害や識字に困難を抱えたこどもたちの学習を支えるユニバーサルデザインフォントの開発だ。学習の現場では、筆をもとにした楷書の教科書体、プリントに印刷されたゴシック体、教員の手書きの文字など、さまざまな書体が混在している。 「弱視の子は細い線が見えず、黒みのたまった太い部分に視線がフォーカスしてしまい、線のつながりがわからなくなるんです」と高田さんは説明する。さらに、視覚過敏のこどもにとっては、線の強弱や鋭いはね・はらいが〝突き刺さって見える〞など、感覚への負担になることもあるという。  手書き文字と印刷文字の形状の違いも、特性の有無にかかわらず、学習初期の混乱を招いてきた。もともとUDフォントは、駅や電車などの公共空間で、お年寄りや弱視の人を想定して開発されたもの。そこから学習用書体の開発へとつながる転機となったのが、ロービジョン研究者である中野泰志さんとの出会いだった。「開発に行き詰まって、中野先生に意見を伺いに行ったんです。そのときに〝高田さん、ロービジョンの人を思ってつくってくれるのはありがたいけれど、そもそも当事者の意見を聞いていますか?〞と言われて、ハッとしました。クライアントの声しか聞いていなかったと気づかされたんです」  中野さんの紹介で訪れた盲学校では、弱視のこどもたちが、先生の手づくりした教材を使い、文字に顔を近づけて学ぶ姿があった。その光景が、書体開発の第一歩になったという。そこから、現場のこどもたち、教員、保護者の声を丁寧に反映しながら、線の強弱を抑え、学習指導要領の字体に沿った「UDデジタル教科書体」や「UD学参丸ゴシック」が誕生した。 [写真:UDデジタル教科書体の特徴(高田さんのプレゼンテーション資料より)] UDデジタル教科書体 https://www.morisawa.co.jp/topic/upg201802/ UD学参丸ゴシック https://www.morisawa.co.jp/topic/udgakusanrgo/ [小見出し] 読み書きと多様な特性  加藤さんは、高田さんの取り組みを受けて、「文字を書くことや読むことって、かなり複合的な機能を使って行われているんですよね」と、長男の姿を思い起こしながら話す。ダウン症の加藤さんのこどもの場合、言葉を「モーラ(拍)」で記憶する過程でつまずき、  「トマト」が「アト」や「マト」になることもある。さらに、手先の弱さから、線を引くこと自体が難しい場合も少なくない。 「同じ〝読めない〞〝書けない〞でも背景はまったく違います。どこでつまずいているかによって、学び方や教材を変える必要があって、そこの見極めが難しいんですよね」と高田さんも応じる。  ディスレクシアのこどもは、「見えているのに音に変換できない」という特性をもつため、文字が密集していると読みにくい。同じこどもでも、「文字を覚える段階」「問題文を読む段階」など、学習フェーズによって適した書体は異なる。覚える段階では筆順に忠実なUDデジタル教科書体、読む段階では、文章で示した際に大きく表示できるUD学参丸ゴシックが合う場合もあるという。  こどもたちの困りごとに向き合って生まれた教材や書体は、学びの選択肢を増やし、学びをあきらめないための重要な取り組みなのだ。 [小見出し] 学びの多様性を支える、柔軟な支援のあり方  質疑応答では、「施設のアクセシビリティを高めるため、まずは来館者の声に耳を傾けたいが、どこからヒアリングをはじめていいかわからない」という悩みが寄せられた。  高田さんは「何をつくるにせよ、やって無駄なことはないと思います。今日は収穫がなかったなと感じても、それがあとからつながることもある。人に聞いて試して、わかることもある。フォントづくりも、そうした積み重ねでした」と答える。加藤さんも「支援の方法に完成形や正解はないんですよね。だからこそ、問題があれば変える、対応する。その柔軟さがあるだけで、付き添う側としてはすごくありがたいんです」と続けた。ヒアリングによって集まった声と、それに応答する実践が重なることで、より柔軟で豊かな支援の場が育まれていくのではないだろうか。  二人の対話から浮かび上がったのは、「こどもの感じ方に寄り添い、多様な支援の選択肢をつくる」という共通の姿勢。Studio oowaでの特別支援教材づくりと、UDフォント開発という異なるアプローチを通じて、二人はこどもの「わかる」を支える環境づくりの重要性を語った。  学びをめぐる課題は決して小さくない。しかし、目の前のこどもの声に耳を澄まし、環境や道具を工夫し続けることで、その子にとっての「学び」はひらけていくのではないだろうか。 [写真:登壇者2人が話している様子。] [セミナー4のページ終了] [243ページ ワークショップのページ開始][タイトル] 伝わるフォントと文字組を知る 講師 高田裕美(書体デザイナー) [写真:ワークショップの様子] UDフォントを活用し文字組を工夫することで、視覚障害のある人や、識字に困難を抱える人たちの文章読解は円滑になる可能性がある。この実習では、前半にUDフォントの開発経緯からその思想を学び、後半はデザイン専用のソフトだけでなくテキスト編集ソフトなどを用いることを前提に、講師が手がけたチラシを参考にしながら文字組のポイントを確認。「ディスレクシアのこどもは文字サイズに対して2 倍かそれ以上の行間を好むことが多い」といった実体験から導き出された知識も共有された。 文字組・レイアウトのポイント 1 テキストボックス、画像や図版の位置を、版面に合わせるようにし、凸凹させない 2 読みやすさを担保する場合、書体はなるべく加工せずに使う 3 色数・書体数はなるべく絞り、読み手が、その違いの意味を迷わないようにする [ワークショップのページ終了]