[244ページ、セミナー5のページ開始] [タイトル] カームダウンスペースをつくる 感覚に寄り添う空間 [リード文開始] 感覚過敏のある人が安心して過ごすことのできる環境づくりを行う「センサリーフレン ドリー」の取り組みが、国内外で広がっている。当事者の視点をもつ綿貫愛子さんと、建築計画を専門とする佐藤慎也さんは、自由学園みょうにちかんでのカームダウンスペースの設置を実践。その過程を振り返りながら、手応えと展望を語り合った。 [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 綿貫愛子(読み:わたぬき あいこ) 東京都自閉症協会役員 大学時代に自閉スペクトラム症など発達障害があることがわかる。現在は教育や福祉の現場で、発達障害のある人々が自分らしく生きることを支援し啓発する活動を行う。東京国立博物館のセンサリーマップ制作にも協力した。 [写真:わたぬきあいこの顔写真] 佐藤慎也(読み:さとう しんや) 日本大学理工学部建築学科 教授、八戸市美術館 館長 専門は芸術文化施設(美術館、劇場・ホール)の建築計画・設計。そのほかアートプロジェクトの構造設計、ツアー型作品の制作協力、まちなか演劇作品のドラマトゥルクなど、建築にとどまらず美術、演劇作品制作にも参加。 [写真:さとうしんやの顔写真] [小見出し] 誰もが安心して暮らせる社会をめざして  生活環境には、光や音、匂い、触感といった感覚刺激がある。多くの人はそれらを自然に受け流せるが、なかには苦痛を覚える人もいる。照明の種類や明るさによって頭痛が起こる、苦手な物音に疲労してしまう̶そうした、身のまわりの刺激へ過度に反応してしまう状態が「感覚過敏」だ。これは自閉スペクトラム症などの発達障害のある人によく見られ、反応の出方には個人差がある。また、同じ環境下でも、その時々の体調によって過敏の強度は変化するという。 [資料:当日のスライド資料より、2001年にWHOが採択した国際生活機能分類 (ICF=International Classification of Functioning, Disability and Health)の図説。 綿貫さんは「個人が永続的に障害による状況をもっているものではなく、環境との相互作用のなかで状況が変化しうる」と話した。]  発達障害の当事者で、感覚過敏のある綿貫さんは、それが起こる背景をこう語る。 「感覚過敏は、脳の感覚処理の特性や、身体特性によって生じるもので、自分の意思や努力でコントロールできるものではないんです」。普段からカラーレンズやノイズキャンセリングイヤホンなどを持ち歩き、個人で感覚刺激を遮断する工夫をしているが、生活全般におよぶ影響すべてに対処するのは難しい。そうした状況に着目して生まれた「センサリーフレンドリー」は、周囲の理解と環境づくりから、当事者の負担軽減を図るアプローチだ。  文化施設において、たとえばどんな取り組みがあるかというと、一つには照明や音を抑え、一時的に休むことのできる「カームダウンスペース」の設置がある。また、施設内の刺激を受ける場所を地図で示す「センサリーマップ」の提供、カラーレンズや耳栓、フィジェットトイ(不安や緊張を和らげ、集中を助ける玩具)など「センサリーキット」と呼ばれるアイテムを貸し出すサービスもある。  綿貫さんはこれらの意義を次のように話した。「センサリーフレンドリーは、感覚過敏のある人のための〝特別支援〞ではないんです。こどもや高齢者にも効果がありますし、疾患や健康状態によって、感覚に難しさが現れる経験はどんな人にも起こり得る。感覚の多様性を理解して尊重し、誰もが安心して参加できる社会をデザインしていくことが、社会の包摂性を高めることにつながるのではないかと考えています」 [小見出し] カームダウンスペースができるまで  今回のオータムセッションに際し、佐藤さんとその教え子である日本大学理工学部建築学科の学生チームは、綿貫さんの協力を得て自由学園みょうにちかんにカームダウンスペースをつくる実践に臨んだ。しかし、センサリーフレンドリーを実現するには、場の整備だけではなく、センサリーマップやセンサリーキットの活用もあわせて、アクセシブルな環境を構想する必要があると考えたという。  そこでまず着手したのは、センサリーキットの分析。既存アイテムの調査を通じて見えてきたのは、アイテムの特性がおおむね「刺激を遮断するもの」「眺めて落ち着くもの」「触って落ち着くもの」の三つに分類できるということだ。また、近年は美術館などの文化施設で、アイテムを入れて持ち運べるセンサリーバッグの貸し出しが導入されている。これらを着想源に、キットのなかから代表的なアイテムを選定し、独自のセンサリーバッグを準備。会期中はその貸し出しも行うことにした。  次に取り組んだのは、自由学園みょうにちかんにおけるセンサリーマップの作成だ。ここでは綿貫さんの視点から当事者による質的調査(定性的評価)を行うとともに、建築音響の研究者である日本大学理工学部建築学科教授の橋本修さんにも協力を仰ぎ、光と音の環境計測(定量的評価)を実施。その二つの評価をもとにマップを試作し、来場者が事前に確認できるよう、オータムセッションのウェブサイトにも掲載した。  そして、カームダウンスペースづくりへ。この過程では、最初にさまざまな施設に導入されているカームダウンスペースの構造を調査した。しかし、ここで壁が立ちはだかった。佐藤さんは「一口に〝刺激〞と言っても、人によって受け止め方は異なる。なかなか一つの正解を導き出すのが難しいなと思ったんです」と話す。そこで、空間の囲み方を可変できる既成のパーティションを用い、刺激から距離をとるために望ましい配置を検証。さらに光を遮断する布、音を抑える吸音材を取り付けることで空間をつくり上げた。 [写真:さとうしんやが話している様子。]  佐藤さんは、実験的な試みから得られた所感をこのように語った。「使う人が自分にあわせてカスタマイズできる要素が、これからのカームダウンスペースづくりにあるといいのかなと思いました。また、もし建築内に常設的な小部屋をつくるとなれば、消防法など防災面にも考慮しなければなりません。この実践を通し、そうした課題が新たに見 えてきました」 [資料:完成したセンサリーマップ] [小見出し] 感覚の違いから、社会を思い描く  それから、綿貫さんと佐藤さんは、カームダウンスペースをつくる過程を振り返り、意見を交わした。  もともとセンサリーキットには、どのアイテムを組み合わせる、どれを必ず選択するといったルールはない。今回も任意で数点を選びセンサリーバッグとしたが、綿貫さんは「人によってリラックスにつながる感覚刺激は異なるので、本人やご家族に選んでもらうという渡し方もいいのかなと思います」と話した。  また、センサリーマップについては、佐藤さんがこう語った。「今日のように人が集まって、誰かがマイクで喋るようなイベントを見越したマップだったら、本来はその状態で環境計測をしないといけないんですね。でも、実際は来場者がいない、閉館後の静かな状態での計測でした。いつを想定したマップなのかという点が悩ましかった」。空間がどれほど音を反響・吸収するかは、建築物が物理的にもつ性質だけでなく、人が加わった状態によっても大きく変わる。どのような基準で環境評価をしていくのかも今後の検討におけるポイントとなるだろう。  そして、利用者にとって使いやすいものとするためには、簡潔な情報整理が欠かせない。綿貫さんは、マップに記すアイコンやゾーン分けが複雑化しないよう、共通項を欄外にまとめる、詳細な補足をコラムとして掲載するなどのアイデアを挙げるとともに、「事前に休む場所や避けるべき場所の見当がつけられると、自分の状態に応じて対策をとることができ、アクセシビリティは向上できるんですね」とマップ活用の 意義を示した。  カームダウンスペースづくりでは、資材の化学的な強い匂いや、左右非対称に吸音材を設置することによる音の偏りにより不快感が生じるなど、試作して初めて気づく着眼点もあった。佐藤さんは「資材選びでも綿貫さんと協議を重ねましたね。また、さきほどお話ししたカスタマイズという視点で言うと、吸音材や布をマジックテープにして、使う人が貼り替えられるようにするなども、考える余地がまだまだありそうだなと思っています」と語る。綿貫さんも、「枕の高さを合わせるようなものですよね」と表現しながら、配慮の柔軟性に同意した。 [写真2枚:佐藤さんと学生チームが大学の研究室に仮設置したカームダウンスペース。仕切りによって広さの異なる二つのエリアを設け、利用者が居たい方を選べるように工夫した。右の写真は上部を布で覆い、照度を落としている。]  最後に綿貫さんは、会場のみょうにちかん食堂の空間について、「建築的に素敵だなと思ったのですが、実はわたしには、音が四方に拡散して聞き取りにくい環境だったんです」と打ち明けた。眺めてみると、天井や壁面には複雑で躍動的な段差がある。みょうにちかん職員の方から「リズミカルな空間になること」が意図された場だったと聞いた綿貫さんは、刺激に対し「自身なりのこの場の感じ取り方だったんだな」と腑に落ちたと話す。そして、このように続けた。「感じ方の違いを話題にすると、他者や社会を考えるきっかけにもなります。みなさんも日常のなかで、感じたことを身近な方と話してみていただけたらうれしいなと思います」  センサリーフレンドリーな空間をつくる明確なガイドラインはまだない。一人ひとりの感じ方を共有し、互いが居やすい環境を模索する試行錯誤は、ますます重要になっていくはずだ。 [写真:セミナー5が行われている様子。] [セミナー5のページ終了] [252ページ エキシビションのページ開始] [タイトル] カームダウンスペースの試み 自由学園みょうにちかんへカームダウンスペースを設置する構想と制作過程、環境計測の定性・定量評価など研究リサーチ結果をあわせて展示。施設への恒久設置ではない、空間や感覚特性に応じたカームダウンスペースの多様なあり方を検証した。また、会場で貸し出しを行ったセンサリーキットも紹介した。 制作 日本大学 理工学部建築学科 佐藤慎也研究室 [図1~図3:カームダウンスペースにおけるパーティションの設置案を示す平面図。] カームダウンスペースづくりの実践では、パーティションの組み合わせによって複数の設置パターンを検証した。図1は今回試作した空間の俯瞰図。吸音材や屋根面の布を付与することで刺激を遮断した。また、図2は車椅子での通行や回転を想定し、ゆとりのあるスペースを確保したパターン。図3は入り口をL字にすることで外部の視線を遮り、距離感を担保した空間になっている。 [図4:「食堂(喧噪音あり)」という見出しの棒グラフと表。提供:日本大学理工学部建築学科 橋本研究室] 環境計測で食堂の音を測定したグラフ(図4)。扉のない空間で周辺の音が入りやすいため、騒音レベルがやや高いことがわかった。 [エキシビションのページ終了] [253ページ、セミナー6のページ開始] [タイトル] 日常をアートでデザインする 自らの場所、生き方をつくる営み [リード文開始] 東村山市を拠点に、自治体や企業、市民と連携しながらメディア制作とまちづくりに取り組んできたハチコク社。地域に根差した文化事業を展開・支援する佐藤李青さんを聞き手に、日常を起点としたクリエイティブな実践が、どのように人やまちとの関係性を編み 直し、自らの場所や生き方をつくっていくのかについて語り合った。 [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 仲幸蔵(読み:なか こうぞう) 編集者、ディレクター 旅行雑誌『るるぶ』の記者として活動し、2013年に『るるぶ特別編集 東村山』を企画。2017年に「ハチコク社」を設立し、地域に根ざした編集・デザイン業務を展開。 [写真:なかこうぞうの顔写真] 福田忍(読み:ふくだ しのぶ) 12歳で東村山市に移住。創形美術学校卒業後、伊藤桂司に師事しイラストレーター/グラフィックデザイナーとして活動。ハチコク社のデザイナーに。 [写真:ふくだしのぶの顔写真] 佐藤李青(読み:さとう りせい) アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー 多様な主体の連携により、地域での文化事業を実践する「東京アートポイント計画」や「Tokyo Art Research Lab」「東京都・区市町村連携事業」などを担当。 [写真:さとうりせいの顔写真] [小見出し] まちと人とのかかわりを編む  自らの暮らす場所、働く場所でより豊かに生きていくために、アートやデザインの視点、プロセスを、いかに地域へひらいていけるのか。東村山市を拠点に、編集とデザインで地域を盛り上げてきた「ハチコク社」の実践には、そのヒントが散りばめられている。  東京都多摩エリアに位置する東村山市は、都心へのアクセスもよい自然豊かな郊外のまちだ。この地に生まれ育った仲さんは、かつて旅行雑誌『るるぶ』の取材記者として全国を駆け回り、地元を平凡なベッドタウンと捉えていたという。しかしあるとき、同級生から「地域におもしろいお祭りの取り組みがある」と聞き、あらためて東村山を歩くなかで、まだ見ぬまちの表情に出会った。そして、そこに「いつかは地元のるるぶをつくりたい」と密かに抱き続けてきた想いも重なり、仲さんは『るるぶ特別編集 東村山』を企画。 商工会青年部に自らが飛び込み立ち上げた本誌は、5年間で5冊を刊行し、のべ1200人の市民が登場する類を見ない情報誌へと発展した。 [写真:『るるぶ特別編集 東村山』。「普通」のまちの小さな魅力が、誰かにとっての「旅」になる̶そんな可能性を探すべく2013年に刊行。「出る人もつくる人もオール東 村山」の、ハチコク社の原点と言える情報誌。発行:東村山市商工会、東村山市。 制作:株式会社JTBパブリッシング]  この頃に仲さんと出会い、同じく東村山を拠点とするクリエイターとして制作に伴走したデザイナーの福田さんは、当時をこう振り返る。「『るるぶ』が出ると、登場してくれた人自身が「載ったよ!」と、身の回りに広報活動をしてくれるんです。制作にかかわった実感を市民の方々も感じてくれて、みんながまちに興味をもってくれる。年々、関係性も広がっていきました」。しかし、地域に盛り上がりが生まれる一方で、仲さんと福田さんのなかには、自分たちがつくりたい雑誌の意匠のために「〝市民の姿〞をその人の生きた文脈と関係なく、素材として扱ってしまっているのではないか」という複雑な感覚も湧き起こった。  そこで、人々の想いや営みを届けるべく独自のメディアとしてつくり出したのが、冊子『むらのわ』だ。当初は、情報誌の要素にまちのストーリーを加えた構成ではじまったが、現在は東村山市がひらく地域ライター養成講座「東村山編集室」と連携し、参加メンバーとともに企画・制作を行っている。「地域への愛がある人たちなので、そのフレッシュな熱量を誌面に発揮してほしいと思ったんです。本当に、協働によって育っていった冊子ですね。いまも発行を目的とするよりも、つくる過程そのものを重視して、大事に取り組んでいます」と仲さんは語った。 [写真:『むらのわ』。東村山の「わ」をつなぐ冊子として2019年から発行。 「東村山編集室」のメンバーとともに、観光情報誌にとどまらない、まちや地域に暮らす人の魅力に焦点をあてたメディアづくりを行う。 発行:東村山市・東村山市商工会。企画制作:合同会社ハチコク社] [小見出し] 「ももとせ」に流れる時間  ハチコク社の活動は、紙媒体の編集・デザインにとどまらない。古民家を活用した文化複合施設「ももとせ」の運営も、その柱となっている。母屋と離れの築年数を合わせて100年。長く愛される場所になるよう名づけられたももとせには、ブックラウンジやコーヒースタンド、シェアキッチン、アトリエが備えられている。福田さんは「まちで誰かが何かをはじめようと思ったときに、好きなように挑戦できる場所として、この場をひらいています」と話す。  これまでにも、若い夫婦がコーヒースタンドで間借り営業を行ったり、地元の保育士たちが「いつかみんなで観たい」と思い続けてきた映画を自主上映したり。マルシェやミュージシャンのライブ、地域のクリーンアップやコミュニティガーデンづくりを行うイベントなども多く開催されてきた。「こういうことがやりたい」という相談が市民から持ち込まれ、にぎわいが生まれていくのだ。  また、ももとせには、プロジェクトをともにすることを通して縁ができた行政職員も訪れるという。仲さんは「休日に、こどもを連れてきてくれるんですよ。みなさん、お父さんお母さんの顔をしていて。ここは肩書きという名の上着を自然と脱げる、不思議な場所なんです。仕事と暮らしが溶け合うような時間が流れているんですね」と語る。  ここで佐藤さんは、「場をひらいたことで、まちの雰囲気や人とのつながり、あるいは仕事の仕方などにおいて、〝これは変わったな〞と実感したことはありますか?」と投げかけた。これに対する福田さんの応答は、次のような体感だ。「最初は『何ページの冊子をつくりたい』というような、制作したいものが具体的に決まっている依頼が多かったんです。でもだんだんと、『こういう予算でこういうことがしたいんだけど、どうしたらいい?』『一緒に考えてくれませんか?』という相談に変化してきました」。ももとせに流れるゆるやかな時間が、地域を考える個対個の関係性の密度を育んできたことがうかがえる。佐藤さんは「〝場〞があることで対話が生まれ、そこに集う人それぞれの考えや取り組みも含めた〝人〞として出会える。それが、まちや人とのかかわりを築く上で重要なんだと思いました」と加えた。 [写真4枚。1枚目:コミュニティーラウンジ「OFF/DO BOOK LOUNGE」。 2枚目:コーヒースタンド「OFF/DO COFFEE」。 3枚目:大うたのわえんがわLIVEプロジェクト(アーツカウンシル東京 地域芸術文化活動応援助成採択事業)。 4枚目:地元の保育士による自主上映会『夢見る校長先生』] [小見出し] 「自分たちらしく」まちの課題を解決する  近年ハチコク社は、まちづくりへの取り組みを実に多様に派生させている。ユニークな例には、東村山市のごみ収集委託事業を担う、株式会社東光の創立 60周年記念企画として手がけたごみ出しの啓蒙絵本『シューシューとパッカー』がある。制作は東村山在住の絵本作家・すぎはらけいたろうさんに依頼。その過程ですぎはらさんから受けた、「絵本にするだけでは、物語が本の世界に閉じてしまうのではないか」という言葉をもとに、キャラクター化したごみ収集車が実際にまちを走るというプロジェクトへ展開させた。 [写真2枚。1枚目:絵本『シューシューとパッカー』。 2枚目:キャラクター化したごみ収集車のお披露目]  また、公民連携の取り組みも進行中だ。連続立体交差事業とあわせて東村山駅周辺を一体的で調和のとれた居心地のよい空間とするためのエリアデザイン指針策定業務において、市民意見の集約や、かかわりしろを育む仕組みづくり、まちづくりプロセスの発信を担当している。ほかにも、東村山市と西武鉄道株式会社、ハチコク社が官・民・民で取り組む「むらの芽プロジェクト」は、地域に暮らす人や特徴的な活動などに焦点を当て、東村山の新たな魅力創出をめざすもの。今後ローカルメディアも立ち上げ、市のシティプロモーションと連動させながら、市民主導の発信に注力していくという。いずれにも共通しているのは、正解を外から持ち込むのではなく、地域の声や関係性のなかから「自分たちらしいかたち」を探る姿勢だ。 [写真2枚。1枚目:東村山駅東口駅前広場再整備に向けた実証実験。2枚目:哲学者・永井玲衣さんを招き開催した、「まちに関わるとは」をテーマにした哲学対話]  子育てを通して、こどもの原風景となるまちに関心をもつようになったという福田さんは、その背景にある想いをこう語る。「日本が成長から成熟へと変化していくいま、どうやって自分たちらしく生き残っていくか、課題は山ほどあります。でも、たとえば公共施設の統廃合を目前にしたとき、それをネガティブに捉えるのではなく、既存の概念を超えた新しい空間としてどうおもしろくできるかを考えると、ワクワクします。そこにはクリエイティブを発揮できる可能性があふれている。地域で協力し合うことで、魅力的な環境をつくっていけると思うんです」  また仲さんも、「日常をアートでデザインする」というテーマに立ち返り、次のように語った。「デザインがみんなの動ける道をつくることだったとしたら、アートは日常で気づかないことを提示すること。その両方を、僕たちはメディアづくりやももとせ、まちづくりを通して実践しているのかもしれません」  そうした視点がまちや人へ共有され、いきいきとしたコミュニティが育まれていく。自分らしくまちとかかわるためのヒントが、参加者一人ひとりに手渡される対話となった。 [セミナー6のページ終了] [260ページ、セミナー7のページ開始] [タイトル] 文化事業と評価 価値を外へ引き出す、「評価」のあり方 [リード文開始] 事業やプロジェクトを続けるなかで、「評価」をどう捉えるかは重要な課題の一つ。編集者としてアートプロジェクトや文化事業のアーカイブ制作を手がける渡辺龍彦さんと、中間支援組織の現場から多様な事業や活動の「評価」に伴走してきた清水潤子さんの対話から、報告書に記載する「評価」だけではないプロジェクトの現場にフィードバック可能な多様な「評価」のあり方をひもとく。 [リード文終了] [登壇者プロフィール開始] 清水潤子(読み:しみず じゅんこ) 武蔵野大学人間科学部社会福祉学科講師 ケース・ウエスタン・リザーブ大学にてソーシャルワーク修士、非営利組織経営管理修士を取得。現在はセクターを超えた多様な主体による社会価値創造や課題解決のための協働事業の評価伴走支援や研究を行っている。 [写真:しみずじゅんこの顔写真] 渡辺龍彦(読み:わたなべ たつひこ) 編集者 2010年にLITALICOへ入社、障害者福祉施設の運営責任者や子育てメディアの編集長を務める。2019年独立後、東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻進学。2024年より東京藝術大学芸術未来研究場のインパクト評価担当マネージャーを務める。 [写真:わたなべたつひこの顔写真] [小見出し] 「評価」のイメージを解きほぐす  事業やプロジェクトを推進し、その価値を社会へつなげていく上で欠かせない「評価」。一口に評価と言っても、助成を受けるための実施報告や次年度の方 向性を定めるための振り返りなど、その役割は多岐にわたる。また、売り上げや来場者数のように数値で測ることができる実績もある一方で、外部機関による客観的な視点を要する場合もあり、その測り方や表し方はさまざまだ。文化事業の意義や成果は、必ずしも数値化できるものばかりではない。では、数字にできない事柄をどのように評価し、その価値をどう届けていけばよいだろうか。  清水さんは「評価の肝は、価値判断をすること。意味や意義があったか、成果や変化があったかを、定性的・定量的なデータの両面から考えることが評価なんです」と語る。さらに、評価を表す英単語「Evaluation」の語源には、〝価値を外へ引き出す〞という意味があると続けた。つまり、プロジェクトに内在する「価値」を誰もが見えるかたちにする手法の一つが「評価」であると言える。 [小見出し] 文化事業における価値判断の軸づくり  こうした「評価」に関心を寄せ、探究してきた清水さんの背景には、現場で感じてきた評価に対するモヤモヤと煮え切らない部分があるという。「制度を設けると、そこに位置づけることができない人がどうしても生じてしまう。〝外〞というか〝狭間〞ができてしまうんですね。そういう人や、その支援コミュニティの人たちと一緒につくる、あるいはそういう活動をサポートすることができたらいいんじゃないか。その想いが、わたしの研究・実践のモチベーションにつながっています」  こうした経験を踏まえ、提起したいと語ったのが「内発的な評価によって自らの価値判断軸をもつこと」だ。たとえば、資金提供者の求める基準を満たすためだけに行う受動的な評価は、「外から評価されている」という息苦しさを生みやすい。しかし、見方や手法を変え、事業担当者や参加者、サービスを受ける人とともに評価を行えば、そのプロジェクトにおいて本当に果たしたいことや伝えたかったことが明確になる。評価を通して見えてきた意義や価値、改善点は、単なる報告にとどまらず、次の実践へとつながる学びとして内部に還元されていく。  誰のために、何のために評価を行うのか。まずその前提を問い直すことが、文化事業に有効な評価のあり方を見出す一歩となる。 [小見出し] 評価する人の立ち位置と役割を考える  同じく「評価」の視点をもって文化事業に伴走してきた渡辺さんは、自身がかかわってきた二つの実践から評価者の立ち位置や役割を問い直した。  一つ目は、聾者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』だ。 本プロジェクトでは、評価チームが第三者としてではなく、クリエーションチームの一員として参画した。内側からプロジェクトの制作に伴走し、参加者の気持ちの変化、体感などを初期・中期・事後のインタビューによって継続的に追いかけることで、興行成績だけではなく、プロセスのなかで生まれた価値を明らかにすることに注力したという。 [写真:『黙るな 動け 呼吸しろ』。美術家の日比野克彦が総合監修、演出家の牧原依里とダンサーの島地保武が演出を担う舞台作品。2025年秋に開催された世界陸上、デフリンピックの文化プログラムとして、2023年から聾者と聴者が協働しクリエーションを行った。https://duktokyoforward2025.jp/]  二つ目は、東京藝術大学と香川大学が協働で行う、科学とアートなど複数の文脈を交差させた、せとうち ART&SCIENCE「ぐんだらけ」での実践だ。このプロジェクトでは、評価を外部説明のためだけでなく、事業のあり方や方向性を組織内部で議論するための媒介装置として位置づけている。 [写真:ぐんだらけ。2024年度より、東かがわ市を舞台に始動した東京藝術大学と香川大学の連携によるまちづくりプロジェクト。歴史ある港町・引田に拠点「ぐんだらけ」を構え、アーティスト、研究者、学生、地域住民など多様な人々が交わり、それぞれの立場から主体的に地域とかかわる場を生み出している。https://setouchi.ac/project/gundarake/]  渡辺さんは、こうした場面での評価の役割について、次のように語った。「企画書や事業目的は文字として存在していても、それが物語として整理されていないことが少なくありません。芸術にかかわる人は『ひとまず手を動かしてみなきゃわからない』という姿勢に慣れていますが、そうした進め方に慣れていない組織文化のなかで仕事をする方もたくさんいます。そこで、事後評価としてかかわるだけではなく、プロジェクト進行中の〝セオリー評価(目的を達成するために適切な施策かを評価する)〞を通して、関係者がめざす価値と、そのための作戦を言葉にし、共有できる関係をつくろうとしています」 [小見出し] 事業にかかわるすべての人が、評価的思考をもつこと  事業やその関係者にとってよりよい評価のあり方を模索するなか、渡辺さんは「予算が少なく、専門家がいなくても実践できる評価の仕組みを探っていく必要性を感じている」と言う。「事業を推進していると、連絡調整や関係者への配慮に追われ、価値を問い直す時間を失いがちです。だからこそ、日々の企画会議や戦略会議のなかで、事業の価値について立ち止まって考える時間をつくることが大切。もっと身近な単位でいえば、朝礼や終礼、日報、週報などに評価の視点を少し溶け込ませて、事業を他者化して見てみる時間をもてるといいですね」  こうした取り組みは、特別な評価手法を導入することではなく、日常の業務のなかに「評価的思考」を組み込むことでも実現できる。  ここで清水さんは評価研究者の言葉を引用した。 組織やプログラムに関与する人のすべてが評価者である必要はないが、もしプログラムの計画や実践、評価に関わる全ての人が評価的思考を持ち得ていれば、そのプログラムや評価は成功裏に終わるだろう(Buckley et al. 2015) 「〝わたしたちが望む変化や価値を生むためにはこういうことが必要だ〞と、日々プログラムを考えていく行為は、結果として評価につながっていく、といったことが語られています。これは実は、特別な試みでもなんでもなく、文化事業を進めるなかで自然と行っていることの一つではないでしょうか」と問う清水さん。どう評価すればいいのかと身構えず、プロジェクトを振り返りながら自分たちの事業プロセスを見直すことは、評価的思考を取り入れるきっかけとなる。 [小見出し] 評価もアーカイブも、あとからはやってこない  補助金を得て実施された文化事業の報告書制作に数多く携わってきた渡辺さんは、事業計画の段階から「何を、どのように評価するのか」を議論しておくことの重要性を実感しているという。 「ちょうど12月頃になると『渡辺さん、1月から3月って忙しいですか?』と、報告書作成の相談を受けることが多いんです。でも、その時期には事業はほぼ終わっていて、誰かが撮っていた記録写真や、最後にまとめて書かれたテキストを、ガチャガチャっと組み合わせるしかない。でも、企画段階からどうアーカイブするかを考えていれば、まったく違うことができる。撮るべき写真も残すべき言葉も変わってくると思うんです」 評価やアーカイブをプロジェクトの活動と切り離して考えるのではなく、実践と並走させながら内在する価値を見つめ続けること。清水さんは、事業の内部にいながらも、客観的な視点でいま起きていることを記録し、その過程での気づきも含めて「ドキュメンタリーをつくるような手つき」で事業を評価していくことが大事だと語る。  その積み重ねこそが、評価の主体を現場へと引き戻し、文化事業をよりよいかたちで未来へとつないでいくのではないだろうか。 [セミナー7のページ終了] [266ページ、エキシビションのページ開始] [タイトル] 都立文化施設の社会共生の取り組み 異なる文化・感覚をもつ人たちがともにあるための実践 [リード文開始]  誰もが気軽に芸術文化にアクセスできる環境̶バリアフリーやユニバーサルデザインの実践は、すでに多くの施設で進められている。東京都歴史文化財団では2024年度、運営するすべての都立文化施設に「社会共生担当」を配備した。かれらが担うのは、立場や条件の異なる誰もが芸術文化に出会えるようにするための、幅広い取り組みである。  たとえば、美術館や博物館、劇場からの案内では、より多くの人に伝わるよう「やさしい日本語」や「触知図」の活用などが、アクセシビリティを高める実践の一例だ。ここでは、文化施設のアクセシビリティ向上に悩む人に向けて、東京都が提供するサポートの内容や、各文化施設で行っている具体的な実践、さらにそれらを学ぶために行われた実習の記録を紹介する。 [リード文終了] [小見出し] 芸術文化へのアクセシビリティカード 芸術文化におけるアクセシビリティを考えるきっかけをつくるカード。マニュアルやガイドブックとして完結するのではなく、自由に組み合わせながら、アクセシビリティ向上について考えたり、話したりするためのツールだ。イメージ・テキスト・アイコンを駆使した解説が、視野を広げてくれる。また、ステップ1からステップ3までと、「万が一の時の避難」という段階があり、異なる状況でどうあるべきか、考えをめぐらすことができる。 [写真:ステップ1のカードは、「動画による施設案内」「アクセシビリティ・デスク/スタッフ」「円滑なコミュニケーション」「紙やウェブサイトによる情報提供」など。都立文化施設が取り組むアクセシビリティ向上のための試行を知るツールとしても活用することができる。] [小見出し] 触る鑑賞 作品の複製や絵画の構図を理解するサポートツールなどを用いて、視覚に障害のある人の作品鑑賞の方法を広げることを目的とした取り組み。視覚に障害のある人が、音声ガイドなどの解説を聞くだけの受動的な鑑賞ではなく、あわせてツールを触りながら対話をすることで、能動的な鑑賞体験ができる。絵画や写真作品の線を凸凹で表現したり、半立体へと拡張したり、彫刻作品を手で触れられるよう整えることは、見えにくい人にも、そうでない人にも、作品のより深い理解を促すきっかけとなっている。 [写真:2025年5月に東京都美術館で開催された「ミロ展」における「障害のある方のための特別鑑賞会」では、作品を凹凸のある線や点で立体的に表した図版を用意し、鑑賞サポートを実施。アート・コミュニケータとの穏やかな対話を通した作品鑑賞が行われた。] [小見出し] 触る案内図 視覚に障害のある人や、見えにくさのある人が、美術館や劇場などの施設を安心して楽しめるよう、各館で「触知案内図」の導入が進んでいる。空間の情報を大きな文字や色分けされた図面、点字や凹凸のある線で示し、掲示・配布するこの取り組みは、建物だけではなく、企案内図があり、持ち運びやすさや広げたときの安定性、触り心地などにも工夫が凝らされている。 [写真:東京都庭園美術館の触知案内図では、建物の設備や情報を、墨字と点字、凹凸のある線で示している。加えて、色覚特性にも配慮したデザインに。また、Webサイトには、視覚障害者のための美術館までのルート案内も掲載。 撮影:大倉英揮(黒目写真館)] [小見出し] 東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」 東京都内で活動するアーティストやあらゆる芸術文化の担い手の活動を支援するためのプラットフォーム。弁護士や税理士といった専門家、外部の専門機関とも連携しながら、オンラインを中心に無料で総合的なサポートを実施。「相談窓口」「情報提供」「スクール」の3つの機能をもち、アクセシビリティなどの相談も受け付けている。 また、スクールではアクセシビリティ講座、社会保障・セルフケア講座など、創造環境の向上を目的とした講座も。 [写真:公式ウェブサイトでは、アクセシビリティに関する講座や記事も発信している。また、公式YouTubeでは「基礎知識:アクセシビリティを知る」「鑑賞サポート入門」といった入門者向けのアーカイブ動画を公開。 いずれも手話通訳・日本語字幕付き。https://artnoto.jp/] [269ページ、エキシビションのページのあいだに、ワークショップのページ] [タイトル] 触知図をつくる 講師 上野智義(欧文印刷 ドキュメント制作室 シニアチームリーダー) [写真:触知図を広げている様子] 触って知る図「触知図」は、施設案内図や防災マップ、マニュアルなど、さまざまな場面で活用されている。この実習では、触知図をつくるために必要な考え方や具体的な情報整理の方法について、実物に触れながら体感的に学んだ。制作の流れは、原稿と完成予想図となるラフを用意し、点訳者とともに制作、さらに障害のある人たちにも校正してもらい、完成原稿を印刷所へ入稿するのが一般的だ。利用者の立場を細やかに想像しながら、文章や図をつくることが何より重要となる。 制作時のポイント 1 色覚特性を考慮し、「触知図」の色にはカラーユニバーサルデザインの考え方を取り入れる 2 地図と同様に、図で表す情報とテキスト(点字)で伝える情報を分けて考える 3 「触知図」だけで完結させようとせず、会場スタッフのオペレーションで補う部分を設ける [ワークショップのページ終了] [270ページ、エキシビションのページ再開] [小見出し] 東京都つながり創生財団 多文化共生社会・共助社会づくりを通じて人と人とのつながりを生み出すことをめざす組織。近年の都内人口における外国人数の増加と多国籍化をふまえて事業を展開、その一つに「やさしい日本語」の普及・啓発がある。これは、簡単な文法や語彙を用いた、わかりやすい日本語のこと。日本において外国人が直面する三つの壁̶言葉・制度・心の壁を乗り越えるためのツールとして、また、こどもや高齢者、障害のある人など、多様なルーツや背景をもつ人とのコミュニケーションにも用いられている。 [写真:東京文化会館では、来場者に配布する「災害時の案内」にピクトグラムと組み合わせて、やさしい日本語を使用している。スタッフが携帯する避難誘導旗には、案内の紙面と同じ言葉・図が描かれ、緊急時にも情報が伝わりやすいよう工夫されている。] [小見出し] 東京都多文化共生ポータルサイト(TIPS) 本サイトでは、思いやりのコミュニケーションツールである「やさしい日本語」の活用事例を多数紹介している。美術館や劇場をはじめ、企業、放送局、病院、鉄道、劇団など、さまざまな分野において行っている大小さまざまな取り組みを集約。これからやさしい日本語を実装していく人にとっては、有益な事例が揃っている。また、多文化共生を掲げる同サイトには、外国人にとって役立つ情報と、受け入れる側にとって参考になるトピックが掲載されている。 [写真:ポータルサイトを運営する「東京都つながり創生財団」は、やさしい日本語の活用事例を集めた冊子も制作。オンライン上で、誰でもPDFを入手できる。] [URL:https://tabunka.tokyo-tsunagari.or.jp] [エキシビションのページ終了] [271ページ、ワークショップのページ開始] [タイトル] 「やさしい日本語」で話す 講師 戸嶋浩子、清水エド(ひらがなネット) [写真:ワークショップ参加者の様子] こどもや高齢者、外国人など、多様な人たちに向けたわかりやすさ、伝わりやすさを高める「やさしい日本語」の導入は、アクセシビリティの向上にもつながる。本実習では、「やさしい日本語」のポイントを学び、伝え方の練習を行った。グループワークのテー マは「災害」。たとえば、大きな地震が起こったとき、やさしい日本語を必要とする人に、どのように状況を伝えるべきか。正解は一つではないため、状況に応じながら相手を思いやり、一人ひとりに合わせて言葉を選ぶ必要性を学んだ。 話す時のポイント 1 伝えたいことを一度頭のなかで整理し、優先順位をつけてから、ゆっくり、文節を区切って話す 2 敬語や友人同士の言葉、オノマトペは聞き取りが難しいので、「です」「ます」を意識して話す 3 言葉だけで伝えようとせず、身振りを大きくするなど、積極的にジェスチャーを使う [ワークショップのページ終了]