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「芸術文化分野の手話通訳研修プログラム」レポート1

報告書

2024年9月5日(木曜日)

  • 芸術文化分野の手話通訳プログラム
手話通訳研修プログラム研修の様子の写真

  芸術文化分野の手話通訳研修(主催:東京都、アーツカウンシル東京)が始まりました。この研修は、芸術文化に関わるさまざまなテーマで、この分野で活躍されているろう者の方をゲスト講師にお招きして学ぶ講義と、手話通訳士であり、手話通訳者教育に長年携わってきた飯泉菜穂子氏による通訳技術の講義から構成されています。 
  プログラムは、休憩は少し挟みますが、毎回4時間、11月までの全8回、そして宿題もありのなかなかにハードな内容です。書類審査と手話による面談の審査を経た手話通訳士または手話通訳士と同等の手話能力のある15名が、文化施設での手話通訳の場面を想定し、実践的でありながらも通訳論にも触れる内容を集中して学び、実践的な技術を身に付けます。ゲスト講師の講義はすべて手話で行われ、受講生の皆さんは、ひとときも目が離せず、メモを取る暇もありません。

  この研修プログラム開催の背景には、都内の文化施設や文化事業での情報保障としての手話通訳の場面、例えば、展覧会の手話付きギャラリートークや舞台公演の手話による事前説明会、また芸術分野の講座、シンポジウム等が挙げられますが、こうした場面が増加している一方で、手話通訳者が芸術文化分野での手話通訳の技術や現場を学ぶ機会があまりなく、みなさん手探りで技術を高め現場を担っていたという状況があります。こうしたことから、どのようなプログラムにしたらよいのか、講師は誰が、回数はどのくらいから検討し、今回初めて“芸術文化分野に特化”した手話通訳研修を開催しました。どのような内容なのか、3回が終わったところで簡単にレポートします。

1回:令和6727日(土)

  • 研修の目的と概要・東京都とアーツカウンシル東京の事業について/アーツカウンシル東京事業調整課長 森 司
  • 受講生自己紹介3分間スピーチ
  • 選考総括・研修プログラム構成説明/飯泉菜穂子(手話通訳士)・瀬戸口裕子(手話通訳士)

  第1回目、面接ではお会いしていましたが受講生15名とスタッフが初めて一堂に会しました。東京都とアーツカウンシル東京のアクセシビリティ整備にかかわる事業説明やこの研修の目的についてアーツカウンシル東京の森から説明。選考書類でよく目にした「アート、芸術が分からない、難しい」という受講生の自己課題について「もやもやしていていい」というアドバイスと、その一方で、いまどのような言葉でアート、芸術が語られているのかというリサーチは必要であること、そしてその参考にすべきコンテンツについて具体的な例とともに示されました。
  そして飯泉氏から、研修プログラムの内容とその目的、選考の総括があり、みなさん緊張した面持ちで聞き入っていました。第一回目は自らの手話通訳について振り返り、不足していることを知った方や、モチベーションが上がったという方など、15名がそれぞれにこの研修で学びたいことを具体化する機会となったようです。時間になりほっとしたのも束の間、最後に次回までの宿題を渡されての終了となりました。

2回:令和6年817日(土)

  • 文化芸術分野で必要とされる手話通訳について/ゲスト講師 廣川麻子・石川絵里(特定非営利活動法人 シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)
  • 受講生3分間スピーチ 前回研修以降に訪れたアート関連施設での鑑賞体験の言語化

  舞台公演のサポート環境の向上を目的に活動されている廣川氏と石川氏から、舞台公演で手話通訳が必要とされる場面はどのような現場なのか、専門用語への対応や協働のためのコミュニケーションの必要性など、現場を数多く知るお二人であるからこそ語ることができるシチュエーションごとの手話通訳のあり方を学びました。
  舞台公演では、企画段階の打ち合わせ、稽古場でのコミュニケーション支援、公演当日の受付対応、公演前の事前説明会、終演後の対応、意見交換会など、舞台作品の制作現場から公演当日までのさまざまなフェーズで手話通訳が必要とされていること、さらにろう者が、スタッフなのか、出演者なのか、お客様なのかなど誰と誰をつなぐ通訳なのかによっても、表出・読み取りにかかわる注意事項が変わってくることなどが具体的な場面ごとに説明されていきます。そして、通訳者を悩ませる専門用語の多さについて。舞台ならではの言葉の例としては、「上手(かみて)」。舞台関係者は、普通に「かみてでお願いします」といいますが、どう通訳するかなどが例示されました。廣川氏と石川氏の講義から、ものをつくることに参画する当事者は、どのような手話通訳を望んでいるかということ、そして“協働のためのコミュニケーション”のあり方を、受講生は今後意識して考えることになりそうです。

  後半は、前回の宿題のアート関連イベントを鑑賞しそのことについて自分の言葉で表現する3分間スピーチからスタート。受講生一人一人が、日本語、手話のどちらかで、自分の鑑賞体験を語り、他の方の体験が語られるのを聞きます。この宿題は、鑑賞を言語化することとあわせて、チラシやWEBサイトからどれだけ事前情報を得ることができるかという通訳者としての必要なステップを体験してもらうものでもありました。スピーチに対するアーツカウンシル東京の森からのコメントの中では、美術館と博物館の異なるミッションから鑑賞者の目的や体験が違うこと、アーティスト、学芸員、鑑賞ボランティアそれぞれの役割の違いなどの文化施設における基本情報について説明があり、受講生はこの回を通して、文化施設に通訳者として立つ際に必要な知識を得ることができたのではないでしょうか。
  受講生からは、舞台の現場では、通訳としてだけではないチームの一員としての立ち位置について考えさせられた、美術館と博物館の機能の違いを初めて知った、もう一度あらためて訪れたいなどの感想があり、それぞれの受講生にとって気づきの多い回となりました。

3回:令和6年8月18日(日)

  • 手話演者が求める手話通訳とは/ゲスト講師 那須映里(役者/手話エンターテイナー/DEAF/ろう者/手話)
  • 通訳の事前準備について/飯泉菜穂子

  ろう者であり表現者であり、日本手話と国際手話の通訳者である那須氏。その立場からの手話通訳に求めることについてお話しいただきました。そもそも、手話に関する歴史や言語の変遷である語族の知識、体力が必要であるなど、通訳技術ばかりに注力していると忘れがちになる基本的な事項についてひとつひとつ具体的な例とともに説明がありました。そして、言葉だけではない、言語のまわりの“ニュアンスの等価性”を保った通訳と通訳者同士の”パートナーシップ”の重要性など通訳者としての技術のスキルアップのポイントが詰め込まれ、那須氏が両方の立場のプロであるからこその講義となりました。
  後半は、飯泉氏による通訳の事前準備についてです。第1回目に受講生に提出してもらったこの研修で学びたいことの中に、「事前準備について学びたい」が多くありました。このことからも、手話通訳者が事前準備にどんなにひとりで苦労しているかがうかがえます。この研修で「事前準備」について学ぶのはこの1回だけとなるため、ひとことも漏らさず聞こうという雰囲気でスタートしました。説明の後、グループに分かれた事前打ち合わせを想定したワークショップです。まずは、5人ずつに分かれ、話者との打ち合わせ前の手話通訳者同士が打ち合わせ内容を確認するグループワーク。事前資料を読み込んだ上で、何を質問するのかを話し合った後、一つのグループが代表して、飯泉氏との模擬の事前打ち合わせを行い、他のグループは、チェックリストを手に、その様子を観察しました。そして、スライドとともに事前資料の読み込み方、打合せの時間の使い方にもプロの技術があることを学んでいきます。
  芸術分野の手話通訳の場面は、ひとりではなくチームで担うことが多いことから、チームとしての動き方も疑似体験する機会となりました。このグループワークを経たからでしょうか、それとも手話通訳者としての天性の才能でしょうか、3回目が終わるころには、受講生同士のパートナーシップが生まれたようでした。
  受講生の多くから、今回、事前打ち合わせについて初めて学んだ、目からうろこだった、すぐに活用したい、家で資料を見直して復習したいなどの感想があり、すでに通訳で活動されている方たちであるからこそ、今回の講座で手に掴み取ったものがあるようでした。

ワークショップの様子の写真.jpg

  この研修は、手話通訳者が自信をもって通訳を行うことができ、そのことが手話を必要とされる方々にとって芸術文化を楽しむことにつながることを目指しています。8回のプログラムを通して、受講生それぞれにどのような実りがあるのでしょうか。私たちも楽しみです。

プログラムの第4回から6回までの報告書はこちらから

レポート:アーツカウンシル東京 事業調整課