「芸術文化分野の手話通訳研修プログラム」レポート2
2024年11月1日(金曜日)
  芸術文化分野の手話通訳研修(主催:東京都、アーツカウンシル東京)の4回目から6回目までをレポートします。この研修は、都立文化施設をはじめとして美術館でのガイドツアーやワークショップ、劇場での演劇鑑賞など手話による鑑賞や参加をサポートできる手話通訳者が増えていくことを目標としています。そのために、本プログラムは芸術文化の分野で活躍されているろう者の方をゲスト講師にお招きして学ぶ講義と、手話通訳士であり手話通訳者教育に長年携わってきた飯泉菜穂子氏による通訳技術の講義から構成されています。   7月から始まった8回の講座も中盤になりました。15名の受講生の間にはチームワークも生まれ、グループワークの時間は、日本語と手話を交えた活発なやりとりが続き、なかなか終わることがありません。研修プログラム開催の背景についてはレポート1でご紹介しましたが、芸術文化分野で手話通訳者が活躍する場面は増えてきています。受講生の学びが、芸術文化の豊かさを届けることにつながること期待しています。ここでは、9月と10月に開講された4回目から6回目をレポートします。
第4回:令和6年9月7日(土)
- 場面別手話通訳 聞取り検証/ゲスト講師 數見陽子(国立障害者リハビリテーションセンター学院 手話通訳学科非常勤講師/日本ろう者劇団)小林信恵(国立障害者リハビリテーションセンター学院非常勤講師)
- 手話通訳技能:読取り(短文)/飯泉菜穂子
  4回目はいよいよ実践です。今回のプログラムの一週間ほど前に、ある美術展HPのリンクとともに、「次の講座では作家が作品について語る動画(字幕入り)を視聴して手話通訳(聞取り)してもらいます」という内容のメールが受講生に送られました。以前のプログラムで学んだことを生かしてみなさんしっかり事前準備をしてきたようです。受講生と講師の前に出て全員が見守る中という緊張せずにはいられない場面でしたが、2名×2グループ計4名の受講生が、動画が映し出されたモニターの横で作家の言葉を手話通訳し、同時にその動画がビデオ収録されました。
 そのあとは収録したばかりの映像をモニターで見るフィードバックの時間です。講師からは、「日本語ではこう言っているけれど、ここでは~~の手話の方がいいですね」など、手話の表出や翻訳エラーの修正もありましたが、それよりも時間をかけて受講生と確認していたのが、視線誘導です。   ここでは視覚的な情報がモニターの映像(講師と作品および字幕)と通訳者の手話の二つ。通訳利用者が映像資料を見られるように、また、通訳時に映像資料内の情報を借用できる場合、そのタイミングで通訳利用者の視線を誘導することが重要なポイントとなります。目や指先の細かい動きについて、講師から丁寧に説明されていきました。   これは、手話通訳を介して映像をみた方が終わった後に印象に残るのが、手話通訳ではなく一次情報(今回の場合は映像で示されている情報)であるようにするためにも必要な技術です。通訳技術の修得の先にある達成目標は何なのかについても気づきのある回となりました。   受講生からは、準備の段階で考えることが多かった、自分の手話通訳の世界に入り込まない(表現することにだけ夢中にならない)ことを学んだ、自分の手話通訳の映像を客観的に見ることで改善すべき点を実感できたなど、学びが実感できた声があがりました。
  後半は、飯泉講師による読取りの講義です。今回の講義は短い動画を視聴して、内容を日本語で再構成することにより、手話と日本語の言語としての違いを再認識することを目標としています。まずは、手話の動画(2分程度の短文)を皆で見ます。そのあと、グループに分かれて読取りの内容を確認し、代表者がその内容を発表していきました。固有名詞や歴史的な背景を知らないと分からない単語もあり、受講生にとっては難しいところもあったようです。  飯泉講師ともう一度、短い映像を更に細かく、少しづつ区切りながら見直していき、手話言語から日本語への再構成をする際のポイント(手話と日本語の違い)が説明されていきます。手話の強弱を読取りにどう反映するか、話者のマウジングをどう活用したらよいかなど一つの動画を飯泉講師と一緒に見るといくつもの注意点が浮かび上がってきます。通訳は、二つの異なる言語による情報が等価になることが重要であり、「読取りの場合、起点言語の手話による談話が過不足なく、かつ違和感のない日本語のストーリーになって伝わることが大切です」と、とても難しい目標が示されこの回は終わりとなりました。 第6回の講座では、今回の学びを活かして、長文の読取りに挑戦する予定です。
第5回:令和6年9月21日(土)
- 身体表現ワークショップ 「身体と心の姿勢を作る」/ゲスト講師 五十嵐由美子(国立障害者リハビリテーションセンター学院非常勤講師/日本ろう者劇団俳優)
- 非言語ワークショップ 「眼と身体で伝える」/ゲスト講師 河合祐三子(フリーランス俳優/手話・身体表現ワークショップ講師)
- 映像制作分野で求められる手話通訳とは/ゲスト講師 今井ミカ(映画監督・映像クリエイター)
PART1は、五十嵐講師のプログラムです。   いつもとは違う机のない広い空間で、体と呼吸を連動させることから講義は始まりました。 五十嵐講師のなめらかで美しい動きを見ながら、受講生たちも体を動かします。これは、緊張をほぐすものでもあり、“見られる“手話通訳者にとって必要な姿勢の作り方のトレーニングです。そして次は、受講生が前に出て、「狂喜・怒涛・号泣・恐怖」と書かれたくじをひき、その感情を全身で表しながら手話で自己紹介するという、恥ずかしさを乗り越え、表現力を鍛えるためのトレーニングです。  受講生は、この手話研修プログラムでまさか身体表現をすることになるなんて思いもよらなかったことでしょう。五十嵐講師からは身体表現を通して、手話通訳者の表現で必要なことを学びました。
PART2は、河合講師の時間です。  受講生が輪になり、ひとりずつ輪の中心に入り、目を合わせて、そしてあいさつをしたり、相手の動きの真似をしたり、同じポーズが取れているかどうか確認したりします。手話は使わず、体で表現する非言語のコミュニケーションの実践です。次のステップは、出題する人と答える人の組みになって手話による連想ゲームです。あるひとつの単語を相手に手話で“具体的に”説明してくださいというものです。終始笑いの絶えない楽しい講座となりましたが、受講生は、手話がどのような言語であるのか、文脈や文化的背景の共有を前提とするハイコンテクスト言語(日本語)と具体的に伝えるローコンテクスト言語(手話)の違いを、座学ではなく身体を通して学ぶことができたようです。
第5回目の後半のゲスト講師は、映画監督の今井ミカ氏です。  手話映像の広まりの社会的状況や映像制作の工程の説明、そして、通訳者泣かせの業界ならではの専門用語の紹介がありました。具体的な現場の例、出演者とディレクターにろう者がいて、発注者と制作スタッフ、エクストラ等が聴者というチームに通訳として加わった想定で講義は進みます。 早口の日本語による専門用語が並ぶ現場の指示を手話通訳する練習では、みなさん真剣なまなざしで通訳をしていましたが、終わった瞬間に苦笑い。みなさん初耳の専門用語ばかりですので、すらすらと通訳が出来ないのは当然です。今回はそのような専門用語が飛び交う創作現場を疑似体験する場となりました。  最後に今井講師から伝えられたことのひとつに、“プロジェクトメンバーの一員としての責任を持つこと”がありました。チームの一員として一つの作品を創作する場に通訳として入ることは、言語の通訳だけではない作品をつくるひとりのメンバーとなることが期待されているということです。   終了後の受講生のレポートには、見られている意識、場に合った姿勢の重要性が分かった、単語を短文で表すことの難しさを実感、日ごろから伝える表現を磨く必要性を感じたという手話技術にかかわる記載に加えて、初めて映像の現場を知った、映像現場にもいつか挑戦したいという記載もあり、受講生の視野が広がる機会にもなったようです。
第6回:令和6年10月12日(土)
- 手話演者・表現者としての経験から/ゲスト講師 江副悟史(日本ろう者劇団代表/俳優)
- 場面別手話通訳: 読取り(長文)/飯泉菜穂子
  いつもの会議室に江副講師が入ってきたとたん、雰囲気が明るく変わり、楽しい笑いがおきて講義は始まりました。江副氏は、手話演者・表現者として多くのメディアや舞台で活躍されています。その多方面にわたる経験あってこそ伝えることができるポイントが詰め込まれた2時間の講義です。演者・表現者として日頃ご自身が心がけていることに加え、協働者としての手話通訳に求めることについてもお話しいただきました。   手話は視覚言語であることを意識して通訳の立ち位置を決める必要性や、舞台など創作現場での通訳にはどのような工夫が必要かの説明がされていきます。そして、通訳≠表現者≠手話パフォーマー≠俳優という図式をホワイトボードに書きながらそれぞれの特性と違いについて、また手話監修や手話指導という役割について説明。分かっているようで実は正しくは理解していないことに初めて気づく受講生も多かったようです。   最後に、手話の極意8つが紹介されました。ひとつ例をご紹介すると、極意「文章には強弱をつけろ!」では、江副氏が同じ文章を強弱を変えてさまざまなバージョンの手話表現を披露。確かに、同じ文章なのに全く異なった印象で伝わってきます。他にもさまざまな極意を教えていただきました。受講生からは、江副さんから教わった極意はすぐに取り入れていきたい、江副さんのパフォーミングは絶え間ない努力の結果なのだと知ったとの声があり、常にろう者と関わりろう者から手話を学びながら手話通訳の技術を磨いてほしいという江副氏からのメッセージとして受講生には伝わったようです。 最後まで楽しい雰囲気のまま終了し、そして後半は、飯泉講師による場面別手話通訳 読取り(長文)です。
  前回の読取り(短文)講座から少し間があきましたが、もちろんいつもの通り宿題があり、受講生にはあっという間だったかもしれません。今回は、「ろう者の講師による長時間の講演映像を視聴してその音声日本語に通訳する準備をしてくる」という宿題でした。みなさん、お仕事がある中、歴史や世界の国名、個人名など固有名詞や専門領域の概念がひっきりなしに登場する長い映像の通訳をしっかり準備してきたようです。   飯泉講師から、ペアが指名され、前に出て交代で通訳してくださいとマイクが渡され、映像が再生され、手話から日本語への同時通訳がその場で行われ、通訳の音声はICレコーダーに録音されていきます。   通訳が終了した後は、早速、録音した音声を聞きながら飯泉講師からのフィードバックの時間です。日本語の聞き取りやすさ、言語の翻訳のレベルが等価かで正確か、間違えたときに修正ができているか、論理展開を理解して正確に訳しているか、内容についての話者の態度や判断を正しく理解しているか、事前資料を読んで理解しているか、理解していることをパフォーマンスに反映できているか、耳障りなノイズがないか、安心して聞いていられるかどうか等々、驚くほどの沢山のチェック項目が示されます。飯泉講師からのフィードバックは、手話通訳者としていくつもの現場をこなし、あわせて手話通訳者の教育に長年携わってきた方ならではの大局的な視点と小さなポイントの指摘とを織り交ぜた講評です。先輩通訳者としての経験値を窺い知ることができた時間でもありました。   あっという間に終了時間となったところで、通訳の検証について研修・訓練することの最終目標は「自分のパフォーマンスを自分で自己検証できるようになることです」という言葉で講義が締め括られました。通訳技能研修はこの回が最後となりますが、もっと聞きたい講座だったかもしれません。   受講後のレポートからは、録音を皆で聞いたので自分の癖を再確認でき今後直していきたい、読み取りの実践に対してのテクニックを学べたなどあり、講師が凝縮して伝えようとしていたことは十分に受け取ることができたようです。
  8回の講座もいよいよ終盤。次の7回目は、東京都歴史文化財団が主催する事業でろう者が手話でナビゲートする公演を受講生と飯泉講師とで鑑賞し、鑑賞後は、その振り返りをするプログラム。8回目は、牧原依里氏・管野奈津美氏をゲストとしてお迎えする講義と研修全体のまとめになります。最後の2回は、12月に報告します。
レポート:アーツカウンシル東京 事業調整課