令和7年度「芸術文化分野の手話通訳研修プログラム」レポート3

第6回:令和7年8月9日(土曜日)

午前・午後

  • 手話通訳者とともに考える対話型鑑賞/伊達隆洋


第6回の講座は、「これは手話通訳者のための講座なのか?」と少し不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。その説明の前に、ここでいう対話型鑑賞からお伝えします。

1980年代後半にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された「VTC(Visual Thinking Curriculum)」が90年代に日本に紹介され、「対話型鑑賞」と日本語に訳されて広まりました。現在はこの開発されたメソッドとは異なるさまざまな形での対話型鑑賞が行われています。この講座で取り上げるのは、上述のMoMAで開発された鑑賞者を育てる教育プログラムを源流とした“対話型鑑賞”であり、講師はこの教育プログラムを展開する京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター(ACC)所長の伊達隆洋氏です。ただし、この対話型鑑賞のプログラムは、本来は段階をおって時間をかけて専門的に学ぶものなので、この講座ではそのほんの一部分を垣間見、体験するのみになりますが、通訳の本質に触れる機会となるものとして昨年度から準備してきたものです。

講座は伊達氏から対話型鑑賞についての概論のレクチャーが行われました。誰もが知る有名な絵画を鑑賞したあと、講師からのその絵のモチーフに関する質問に答えます。全員が同じ絵をみていたはずにも関わらず、回答が異なることを体験することを通して、「みることViewing」とは何かを学びます。

次に、みえているものを言語化する体験をしました。目を閉じた人(絵をみていない人)と絵をみる人に分かれ、絵をみていない人に向けて、絵をディスクリプション(描写)=ことばで表現します。通常のプログラムでは音声言語にしますが、ここでは絵に描かれているものを相手に手話で伝えます。手話という言語ならではの空間の示し方、形の示し方などで、絵の中のモチーフとその状態をことばで表現することで、音声言語と手話言語での“ディスクリプション“の違いをあらためて感じる機会でもありました。

続いては、「聴く・応答する」ワーク。話し手が言いたいことを正しく受け取り、会話を続けることの難しさを体験。今回は音声言語で行いました。まずは相手の話をよく聞きます。そのあと、相手の言っていることを自分のことばで確認します。そして、相手から内容があっているとOKをもらってから、その先の会話を続けるというルールのもと行われました。簡単そうにみえますが、講師の「終わり」という合図とともに、受講生の安堵の声がおもわず漏れるほどの気力と脳をフル回転する時間だったようです。

これらの体験とワークは、前述の教育プログラムを手話通訳者のためにアレンジし、かつ短縮したものではありましたが、講師からの解説を受け、受講生の中には、話し手(発信者)と聴き手(受信者)の間にうまれるコミュニケーションの本質に意識を向けることが通訳者に必要なのだろうか、というような大きな課題へのつながりをうけとることができた人もいたようです。このことは、すぐに答えが出るものではなく、通訳者が常に意識しなければならない課題なのかもしれません。

もちろん、こうした理論とは別に、美術館におけるギャラリートークや対話型鑑賞プログラムで手話通訳が必要とされる場面が増えていく社会的背景がこの課題の前提にはあります。芸術分野の手話通訳というと、専門用語の習得や場面に応じた対応力向上に目が向けられがちですが、アート作品を前にして、鑑賞者は何をみて語っているのか、または人々の対話から何が生まれているのかということを感じとり、自分がどの場面に立ち会い、そして通訳するのかを深く考える機会を得てもらいたいということが企画者の意図でもありました。

ページの先頭へ戻る