クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー だれもが文化でつながるプロジェクト

東京都写真美術館「手話と音声ガイドによる施設案内動画」制作インタビュー

2024年3月29日(金曜日)

  • インタビューシリーズ

東京都写真美術館「手話と音声ガイドによる施設案内動画」制作インタビュー

2023年3月、東京都写真美術館(以下、写真美術館)が「手話と音声ガイドによる施設案内動画」を制作し、YouTubeで公開しました。
本動画は、ナビゲーターが手話で写真美術館を案内する動画です。美術館への行き方や館内のさまざまな施設を、手話、日本語字幕、音声ガイドで説明しています。聴覚や視覚に障害のある方のほか、はじめて施設を訪れる方や美術館を訪れることにハードルを感じる方など幅広い方を対象に作られました。
クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョーのプロジェクトの一環として制作された本動画が、どのような背景で、またどのようなプロセスを経て制作されたのか。制作に関わった写真美術館 事業企画課普及係の担当者、そして映像の監督・編集を務めたろう者で映画作家の牧原依里さんにお話を伺いました。

制作された動画は、下のリンクからご覧いただけます。
手話と音声ガイドによる施設案内動画


当事者の声をきっかけにスタートした動画制作

画像 写真美術館での撮影の様子
写真美術館で案内動画の撮影をしている写真。ガイドが写真美術館の入り口前に立って、カメラに向かって手話で説明をしている。

聞き手(以下、-):まず、なぜ今回「手話と音声ガイドによる施設案内動画」を制作しようと思ったのかお聞かせいただけますか。

武内厚子(以下、武内):当事者の声がきっかけです。教育普及や社会包摂の仕事に携わる中で、ろう者の方と知り合いになり、手話による案内動画があるといいというアドバイスをいただくことがあり、以前より作りたいと思っていたところ、今回クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョーのプロジェクトの一環として実現することができました。

ー様々な映像を作る方がいる中で、今回なぜ牧原さんに監督をお願いしたのでしょうか。

武内:牧原さんについては恵比寿映像祭で手話通訳付きのプログラムをしようかと話しているときにも、手話通訳の方から牧原さんのお名前を教えていただいていたんです。それで今回の動画制作をどなたにお願いしようと考えていたときも、アーツカウンシル東京から提案があったので、これは!とご縁を感じてお願いしました。

ー写真美術館は映像や写真に特化した場所なので、そういう領域に関心があったり、映像表現に造詣が深い方にお願いできるといいのではないかという話になりました。さらにその上で手話について知識がある方というのをイメージしたときに、アーツカウンシル東京主催の「TURNフェス」でご一緒したことがある、牧原さんがベストな方なのではないかと思ってご提案しました。牧原さんはどうして引き受けようと思ったのですか。

牧原依里(以下、牧原):手話で施設を紹介する動画の制作は今回初めて携わるので、良い経験になると思ってお引き受けしました。また写真美術館や美術館が主催している恵比寿映像祭に一参加者として訪れたことがあり、その動画制作に関われることも私にとって大きな意味のあることでした。

ーどのようなメンバーで作られたのですか。

牧原:私の第一言語が日本手話なので、日本語を第一言語とする写真美術館の担当者の方たちと私をつなげる手話通訳者の方がいました。それから、手話ナビゲーターを担ったろう者株式会社OSBS 手話翻訳プロジェクトの寺澤英弥さん、その声を担ったボイスオーバーの綴木凌さん、音声ガイドナレーションの堀内里美さん、台本制作の宮本匡崇さん、青山真也さんを中心とした撮影班、音声ガイド制作のPalabra株式会社などさまざまな人たちと協働しながら作り上げました。

ーたくさんの方が関わり、半年という時間をかけてつくりあげた映像。どんなプロセスで企画が形になっていったか教えていただけますか。

徳本宏子(以下、徳本):牧原さんとメールで何度か打ち合わせをして、その後、館に下見に来ていただきました。牧原さんには、館として、手話を母語とする方に伝わりやすいもの、さらに聴覚に障害のある方以外にも美術館を訪れることに抵抗がある方などできるだけ多くの方に伝わるような動画にしたいと伝えました。牧原さんもこちらの意向に同意してくださって、例えば撮影場所として授乳室やバリアフリートイレなど、アクセシビリティに関わる施設も入れています。


よりたくさんの人へ届く映像を目指して

画像 東京都写真美術館の案内動画より
映像のスクリーンショット。展示室にいるナビゲーターが手話で展示室の説明をしている。画面の下部に日本語字幕で「2階の展示室にやってきました」と書かれている。

ー制作のプロセスで大切にしていたことや、重視したポイントを教えてください。

牧原:今回は映像と写真を専門的にキュレーションする東京都写真美術館の紹介動画だったこともあり、できるだけ映像を通して見せることを意識しました。言葉だけで美術館の特徴を説明するよりも実際にその場を見せるプロセスがあったほうが、美術館とお客様の距離が縮まると考えたからです。そのため、手話ナビゲーターの寺澤さんに実際に写真現像のワークショップの流れを実践していただき、ワークショップの様子やできあがった写真を動画の中に取り入れることもしています。
また手話だけではなく、音声ガイドを入れる試みも行ったので、音声が入る時間も考慮しながら、美術館全体の雰囲気が伝わるようにお客様視点のアングルもできるだけ取り入れています。

徳本:撮影に立ち会わせていただいて印象的だったのは、吹き抜けの心地よい空間をどう魅力的にみせるかというところを牧原さんが色々考えていらっしゃったところでした。映画も撮られる牧原さんが作るからこその、作家性のある映像になったのではないかと感じています。

ー今回手話以外にも、日本語字幕やナレーションも入っています。どうして入れようと思ったのですか。

牧原:手話だけではなく日本語や音声を頼りにする方々もいらっしゃること、写真美術館からさまざまな方々にお越しいただきたいという思いを伺っていたので、音声ガイドを取り入れることを私から提案しました。

徳本:かなり初期の段階から字幕やナレーションの入った動画に、という方向性を目指していました。現実的にどれぐらいの精度でできるのかは、私たちも初めてのことだったのでわかっていませんでしたが、牧原さんが東京国際ろう映画祭などにも関わっているのでノウハウがあり、牧原さんにつないでいただいた音声ガイド制作のPalabraにご協力いただいて、より多くの方に届くものになったと感じています。

ー手話以外の情報保障を入れることにおいて、どのようなプロセスで、どんなことを重視して作りましたか。

牧原:字幕に関しては手話とのタイミング合わせと文字数、見やすさを意識しながら入れていきました。ここは手話話者でないとできない作業でもあったので、手話と字幕に関しては私が担当しました。逆に音声関係は私の身体感覚の管轄外なので、完全に聴者の方に委ねました。ただ視覚からの情報と音声からの情報のバランスをどうとっていくかが肝でもあるので、最終的には聴者の方たちと相談しながら判断して決めていきました。


牧原さんとの出会いで館内の理解が一気に進んだ

ー制作プロセスで難しかったことや、想定外だったことはありますか。

徳本:美術館が恵比寿ガーデンプレイスという商業施設内にあることもあり、撮影のためのスケジュール調整で、様々な関係者に連絡をとる必要があり、頭を悩ませました。

牧原:今回はディレクターとして写真美術館が求めることをヒアリングしつつ、ろう者のひとりとして手話で紹介される動画を見るときに知りたい内容をいかに盛り込めるか、バランスをとるのが難しかったです。最終的には落とし所を見つけて、それぞれの視点をバランス良く入れられたのではと思います。

ー制作を通して写真美術館や館の取り組みについて気づいたことがあれば教えてください。

牧原:写真美術館がアクセシビリティに力を入れていることを知ることができました。例えば、写真現像ワークショップなどの体験が手話通訳者付きでできることや、館内での移動をサポートする歩行車などの貸し出しがあることも今回初めて知りました。

徳本:牧原さんが施設面の小さなことにも気を配られていて、私たちも改めて気付かされることが多かったです。合理的配慮に対するセンサーがすごく細かくていらっしゃるんだなと感じましたね。

ー制作プロセスを通してどんな気付きがありましたか。

牧原:手話で紹介する動画制作を当事者がディレクションすることで、外からは見えない領域があることに気づきました。例えば、手話話者が映っている映像を切るタイミングやリズム、手話と字幕の融合など。一見ささやかなことなのかもしれませんが、その微妙な感覚を作業のプロセスを通して当事者として落とし込んでいくアプローチもあるのだなと改めて気付かされました。また、聴者たちの感覚や要望も取り入れる必要もあり、聴者たちとの協働のプロセスを更新していく良い機会になりました。

徳本:牧原さんとの出会いに、私個人も館内の人たちもとても影響を受けました。今回動画制作の出会いを通して、写真美術館が主催する恵比寿映像祭に牧原さんが東京国際ろう映画祭のディレクターとして参加してくださいました。映画祭の見どころについて「見どころトーク」という形でYouTubeでライブ配信をしたのですが、ゲスト出演を交渉しているときに手話通訳をつけることを牧原さんにお話しすると、「UDトークをもつけてください」っておっしゃったんです。「そうすると手話がわからない聞こえない方や目の見えない方にも話の内容がわかるから、ぜひ少しでも多くの方に伝わるように作ってください」と。そのことにすごく感銘を受けて、「見どころトーク」3回とろう映画祭の関連のトークには、手話通訳にプラスしてUDトークで字幕をつけました。館内の職員も触発されたこともあって、映像祭の開会式にもはじめて手話通訳が付きました。牧原さんは人間的な魅力や物事を進めるパワーがある方。こうした変化が起こったことがありがたいです。

武内:UDトークをホールで使いたいということは以前から折にふれ言っていたんですけど、なかなかはじめられなかったんです。それが、牧原さんがかかわられたことで、途端に一気に進んだんですよ。

徳本:館内の意識がすごく変わった部分がありましたね。ろう者に対する対応だけではなく、その他の障害のある方にもたくさん目を配って過ごしていらっしゃる牧原さんを見て、私も、館内の人たちもとても良い影響を受けました。

「誰にでもひらかれる動画」が増えることを願って

画像 東京都写真美術館の案内動画より
映像のスクリーンショット。写真美術館のスタジオ内にあるキャビネットの扉に、ナビゲーターが写真を飾っている。

ー動画制作を終えて、今どのように感じていますか。

武内:今回関わってみて、手話の説明が必要な場面はたくさんあるということに気づかされました。「手話と音声ガイドによる施設案内」といっても、何種類もつくることができると感じました。今回は建物などのハード面を中心にご紹介しましたが、動画を多くの人にとっても見やすい長さに抑えるためにプログラム内容などのソフトの話にはほとんど触れる時間がなかったんです。だから館の事業についてももちろん紹介する必要があるだろうし、例えば図書室ひとつとっても、利用の仕方について説明できることが色々とある。館内サービスのアップデートや手話動画をまた違った形でつくることなども検討していければと思います。

徳本:社会包摂担当として一年間関わるなかで、障害のある方の中には、美術館は自分の生活圏とは遠く離れた場所であると思っている方が多いんだなと感じることがありました。今回作った動画が、これまで美術館に足を運びづらいと思っていた方にアプローチしたり、美術館があることをまず知ってもらうひとつのきっかけになったら嬉しいなと思っています。

ー最後に、今後に期待することを教えてください。

武内:社会全体の柔軟性や寛容さがもっと高まると良いなと感じています。

徳本:今回、動画制作という機会がいただけて、そして牧原さんやたくさんの方と出会えてよかったなと思っています。大変なこともありましたが、本当にいい時間でした。他の施設にもぜひ手話と音声ガイドによる案内動画の制作をおすすめしたいです。

牧原:今回はもともと手話で紹介する動画を予定していたため、ろう者の私がディレクションを行いましたが、音声ガイドを入れていくことで、異なる身体感覚を持つ人たちが協働していく場が生まれていきました。「誰にでもひらかれる」動画を作るとなると、その制作には様々な身体感覚を持つ当事者が集った方がより一歩踏み込んだアプローチや気付きが生まれるはずです。今後そのような動画が増えていくことを願っていますし、ぜひ写真美術館の手話と音声ガイドによるご案内をご覧いただき、実際に足を運んでいただくきっかけになったならこれ以上嬉しいことはありません。

実施日:2023年3月28日
聞き手:アーツカウンシル東京 事業調整課 社会共生担当 坂本、畑
執筆:福井尚子
※本記事の役職等は当時のものです