クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー だれもが文化でつながるプロジェクト

レクチャー&ワークショップ テーマ2「やさしい日本語」

2023年11月10日(金曜日)

  • だれもが文化でつながるサマーセッション2023
レクチャー&ワークショップの画像
  • 日時:202382日(水) 13時30分〜15時30
  • 講師:金田 智子(学習院大学 教授)、稲葉 未希(公益財団法人東京都つながり創生財団)
  • 手話通訳:瀬戸口 裕子、中川 真弓

目次

1)オープニング&アイスブレイク:相手に合わせた日本語調整
2)レクチャー:「やさしい日本語」が生まれたきっかけとその使われ方
3)レクチャー:「やさしい日本語」のルール
4)ワーク:文章を「やさしい日本語」に変換してみる
5)ワーク:日本語学習中の外国人に日本のことを紹介する
6)発表と質疑応答::日本語学習者になりきって聞く
7)振り返りとまとめ:言葉を「やさしく」することで、みんなが生きやすい暮らしと社会をつくる

1)オープニング&アイスブレイク:相手に合わせた日本語調整

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▲金田 智子さん

「やさしい日本語」レクチャー&ワークショップの講師は、生活者としての外国人が日本語を身につけていく環境を整えることに力を注ぐ、学習院大学教授の金田 智子先生です。金田先生は開口一番、「今日一番言いたいことは、相手に合わせた日本語調整です。それができるようになれば、みんな幸せになるんじゃないでしょうか」と、メッセージを伝えました。参加者は冒頭から金田先生のお話にグッと引き込まれたようでした。

続いてアイスブレイクが始まりました。「家からこの会場に来るまでにかかった時間」に従って、所要時間が短い順番に並んで円を作り、前後左右の人と自己紹介をする、というものです。参加者の皆さんは席を立ち、「何分ですか?」「私1時間です」「あ、私も」「私は50分なので隣、失礼します」などと会話をしながら、順番に並んでいきます。移動して周囲の人と言葉を交わしたことで、最初は少し硬かった顔がほころび、会場には打ち解けた雰囲気が生まれていきました。

次に金田先生は、「皆さんは日本語を相手に合わせて調整することはありますか? それはどんな人に対して、なぜするのでしょうか」という質問を投げかけます。参加者からは、「祖母と話すときはカタカナを使わずゆっくり話します」、「子どもには年齢に合わせてわかりやすい言葉に変換します」という声が上がりました。また、「保育園や学校で知り合った外国にルーツのあるお母さんに、お便りの内容を『やさしい日本語』で伝えられたらと思うことがあります」という声も。先生は「自分が言いたいこと、相手が言いたいことをお互いに伝え合うために、高齢者、子ども、日本語学習中の方、また何らかの障害がある人に対して日本語の調整をすることがありますよね」と、日本語を調整する意図がお互いに伝え合うためであると説明しました。

私たちは普段から相手に合わせ、意識的に・あるいは無意識のうちに、自分の使う日本語の伝え方を調整しています。では、「やさしい日本語」はそれとどう違うのでしょうか。また、どういった経緯で生まれ、どんなところでいま使われているのでしょうか。アイスブレイクが済んだところで、「やさしい日本語」が生まれたきっかけについてのレクチャーへと進んでいきました。

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2)レクチャー:「やさしい日本語」が生まれたきっかけとその使われ方

1995年の阪神淡路大震災をきっかけとして、減災のために『やさしい日本語』が生まれました」。金田先生は、災害の二次被害・三次被害を防ぐために、あるいは困っている人がさらに困らないようにするために、日本語を十分に使いこなせない人にも情報をきちんとその場で届けられる必要がある、という視点から『やさしい日本語』が誕生したと説明します。「でも、それがとても難しかった」とも。その課題を踏まえて、弘前大学の佐藤和之先生が中心となって「やさしい日本語」のルールが開発され、普及していったのだそうです。

「『やさしい日本語』は、災害時だけでなく日常生活においても使うことに意味があります」と先生は続けます。この数年の間に、自治体や医療現場、教育機関で「やさしい日本語」に関する研修が頻繁に行われ、様々なガイドブックや映像も作られていったのだそう。

気になるのはその効果です。外国語が母語で日本語を学習中の人が「やさしい日本語」を聞いて、あるいは読んで、きちんと理解ができるのでしょうか。「外国人を2つのグループに分けて、一方には普通のニュースを、もう一方には『やさしい日本語』のニュースを聞いてもらい、それをもとに行動してもらった研究があります。その結果、普通のニュースでは正しい行動ができた人は60%なのに対して、『やさしい日本語』のニュースでは85%という結果になりました」と、金田先生はその効力を説明しました。

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3)レクチャー:「やさしい日本語」のルール

「やさしい日本語」の基本情報を学んだところで、ここからは普段使っている言葉を「やさしい日本語」に直すときのルールを学び、実際に使ってみるレッスンです。
まずは金田先生から、書き言葉を「やさしい日本語」にするときは、「伝えたいことを整理して情報を取捨選択する」「イラスト・写真・図や記号を使ってわかりやすくする」「漢字を使いすぎない」「ふりがなをつける」「わかりやすいフォントを使う」などのルールがあることを教えてもらいました。

さらに、話し言葉と書き言葉の両方に共通するルールとして、「一文は短く」「箇条書きにしたり、番号をつけたりする」「二重否定を使わない」「ほかの言い方のある外来語(カタカナ語)はなるべく使わない」「馴染みのない略語は使わない」「曖昧な表現は使わない」「敬語は丁寧語だけにする」「重要な単語はそのまま使い、説明を加える」なども挙げられていました。それぞれについての詳しい説明を聞きながら、普段無意識にしている言葉の選択についてドキッとした様子の参加者もいらっしゃいました。
「ここまで聞いて、話すスピードや声の大きさにルールはないの? と思った方もいるのではないでしょうか。私の答えは相手に合わせてください、これに尽きます」と金田先生。だれもが日常生活の中で自然に行っているように、相手の様子を見ながら調整することが、大事な考え方の基本なのです。

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4)ワーク:文章を「やさしい日本語」に変換してみる

ここからは、これまでの内容をもとにしたワークをやってみます。ワークの間のアドバイス役として、公益財団法人東京都つながり創生財団の稲葉未希さんも加わりました。参加者に2つ問題が出されました。次の言葉を「やさしい日本語」に直すというものです。

1:「できるだけ公共交通機関を使って、ご来場ください」
金田先生が会場を見回して、直した言葉をプリントに書き終えた参加者に、どう回答したのかを聞いていきます。ある参加者の回答は、「なるべく電車やバスなどでお越しください」というものでした。それに対して金田先生は、「公共交通機関を電車やバスと具体的に言い換えたのですね。これはとても大事です。でも、なるべくは言わなくても大丈夫。皆さんの回答を見ていると、車で来ないでください、と加えていた方もいますね。これも非常にいい方法です」とコメントしていました。

2:「(※音声のやりとりを想定し、カタカナで記載しています)コノショルイハ ヒツヨウジコウヲ キニュウノウエ、コンゲツマツゴロマデニ、ワタシノトコロマデテイシュツシテクダサイ」
2に対しては、どんな回答があるのでしょうか。金田先生にどんな風に直したのか聞かれた参加者は、「この紙に書いて私にください。今月の31日までに出してください」と回答しました。これに対して先生は、「『必要事項』を思い切って削りましたね。何人かの方は『住所』や『名前』の欄を指で指しながら説明する、あるいは丸で囲む、とも回答されていました。それもいいと思います」とコメント。ポイントである「今月末頃までに」については「831日までと言い切ったり、カレンダーを指さしてこの日までにくださいと言ったりすればいい」と、そこにあるものを使いながら相手に伝える方法も教えてくれて、参加者もなるほど! と身の回りにあるものを眺めていました。

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5)ワーク:日本語学習中の外国人に日本のことを紹介する

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ここからは、グループワークです。金田先生がまず指示したのは、「声を使わず、誕生日順に円をつくる」こと。参加者は指で12と表したり、ときに手話を使ったりしながら順に並んでいき、円が完成しました。金田先生はその円を34人ずつ区切り、5つのチームを作りました。
各チームは「日本語学習中の外国の方にこれから出すお題をどう説明するかを考え、模造紙に言葉やイラストで表現する」という指示が言い渡されました。チームごとに「干支」「自転車に乗るときのルール」「日本のおおみそか」「川柳」「日本のお正月」というお題が与えられていきます。

各チームとも、「どうすればわかりやすく伝わるだろう?」、「そもそも川柳の定義って何だっけ」と頭を捻り、やさしい日本語のルールを思い出しながら協力して模造紙を埋めていきます。あっという間に15分が過ぎ、発表の時間となりました。

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6)発表と質疑応答:日本語学習者になりきって聞く

発表の進め方は、1チームごとに順番に発表し、残りのチームは日本語学習中の外国の方(日本の中学生の英語力程度の日本語力)になりきってそれを聞き、わからないことを質問するというものです。

お題が「干支」だったチームは、「干支とは、年を表す動物です。12の動物がいます。(イラストを指しながら)ねずみ、うし、とら、うさぎ、たつ……以上です」と発表しました。これに対して金田先生からは、「トシとは何ですか?」という質問が飛び出します。「1月から12月までの枠のことです」と答えると、「ワク?」、「期間のことです」、「キカン? 何ですか?」と質問と説明が繰り広げられます。干支チームは、たじろぎながらも工夫して答えていました。

次は、「自転車に乗るときのルール」というお題を与えられたチームです。「日本で自転車に乗って道路を走るときは、左側を走ります」と説明していきます。金田先生から「左は何ですか?」という質問が寄せられると、一瞬答えに詰まる発表担当者。すかさず他のメンバーが、自分の身体を使いながら「こっちが右手です。こっちが左手です。(イラストを指しながら)車を走る向きが決まっているので、車にぶつからないよう左側を走ります」と、左という言葉そのものの意味を身体で伝えていました。金田先生も身体を使いながら「ああ、こっちが左。こっちが右。わかりました」と納得した様子。日本語学習中の人になりきった金田先生が聞きたかったのは、「左」という言葉そのものの意味だったのですね。参加者もそこから新しい気づきを得たようです。

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▲「自転車に乗るときのルール」について考えたチームのプレゼンボード

「日本のおおみそか」について考えたチームが「交互にその年に人気のあった歌手が歌を歌うテレビ番組」と紹介すると、「交互に歌うとはなんですか?」という質問が投げかけられます。「順番に交代して歌うということです」と答えると、すかさず金田先生が「コウタイ……Hさん(発表者のひとり)が歌って、Tさん(発表者のひとり)が歌って、Hさんが歌って、またTさんが歌うのですか」と質問を重ねます。たしかに、「交代で歌う」と言われるとそういう解釈もできますね。おおみそかチームは試行錯誤しながら、「Hさんが歌って、Tさんが歌って、次はHさんではない人が歌って、次はTさんではない人が歌います」と、身振り手振りも使いながらわかりやすい説明の仕方を見つけていきました。

「川柳」について説明をするチームは、575のリズムについて、イラストで説明をすると共に一音ずつ手を叩きながら、「たんじょうび おかあさんにも ありがとう」という川柳を披露。説明が難しいリズムという概念がなんとなく伝わる、素敵な表現でした。

一方、「日本のお正月」のお題が与えられたチームは、「おせちは何ですか」という質問を受け、「日本の人たちがお正月のときに食べる食べ物で、長生きしたり、家族に恵まれたり、みんなの幸せなどいろいろな願いを込めたお料理があります」と答えるのですが、「先生、私日本語よくわからない……おせちは何ですか」と金田先生から聞かれ、慌てて「おせちはお料理の名前です」と言い直していました。「質問に対して答えるときに、言葉がもっと難しくなってしまうのは『やさしい日本語』あるあるです」と先生。「日本ではお正月にちょっとおいしいものを食べます、と言うだけでも伝わりますよ」と、シンプルに変換する工夫と秘訣を伝授してくれました。
発表が進むにつれて、「やさしい日本語」に対する参加者の理解がどんどん深まっているのがわかり、質疑応答も含めて白熱した時間になりました。

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7)振り返りとまとめ:言葉を「やさしく」することで、みんなが生きやすい暮らしと社会をつくる

最後に、金田先生からまとめの言葉がありました。それは、「『やさしい日本語』にはいろんな可能性がある」ということです。「やさしい日本語」を実践することで、日本語学習の目標レベルが低くなり、日本語学習者は生活しやすくなること。また、多言語対応の助けにもなり、機械を介さず隣にいる人と言葉を交わせて、人の生活や心を豊かにするという視点。そこから多様な人の交流機会・接触機会が増えること。普段日本語を使っている人にとっても、自らのコミュニケーション能力の向上につながることなど、先生の「やさしい日本語」への思いが、この場を一緒に体験してきた皆さんに浸透していくようでした。

「最初にお伝えしたとおり、『やさしい日本語』とは相手に合わせて日本語による伝え方を調整することだと私は捉えています。誰もが少しずつこれを身につけることで、みんなが生きやすく暮らしやすい社会をつくることにつながって、みんなハッピーになります。」金田先生の共生社会への思いがやさしく響き、「やさしい日本語」のレクチャー&ワークショップは終了しました。

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text by 飛田 恵美子 平原 礼奈)