クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー だれもが文化でつながるプロジェクト

レクチャー&ワークショップ テーマ5「車いすというメディウム」

2023年11月10日(金曜日)

  • だれもが文化でつながるサマーセッション2023
  • 日時:202385日(土)13時〜16
  • 場所:東京都美術館 ロビー階第4公募展示室
  • 講師:檜皮 一彦(アーティスト)、アシスタント:富塚 絵美(アーティスト)
  • 手話通訳:南里 清美、長谷川 美紀

目次

1)オープニング&アイスブレイク:初デートの思い出を語る
2)初デートを盛り上げるルール策定
3)「ワッショイ」でギャラリーツアー
4)振り返り

1)オープニング&アイスブレイク:初デートの思い出を語る

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檜皮 一彦さんは、身体性をテーマにした映像作品やパフォーマンス、自身も使用する車いすをテーマとしたインスタレーション作品を手がけるアーティストです。テーマ5「車いすというメディウム」の内容は、参加者が車いすを担いで「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」展示会場を移動し、空間と身体、社会と身体との関係を見直すというもの。檜皮さんはこの「みんなで車いすを担いで移動する」行為を「ワッショイ」と呼んでいます。

ワークショップは、檜皮さんとアシスタントの富塚 絵美さん、参加者十数名の自己紹介から始まりました。と言っても、普通の自己紹介ではありません。檜皮さん・富塚さんが出したお題は、「初デートの思い出(または理想のデート)」を紹介すること。参加者の皆さんは、「昔のことすぎて覚えていないのですが……」と遠い記憶を手繰り寄せるようにしたり、「初対面の人にこんな話をするなんて……」と恥ずかしがったりしながら初デートのエピソードを発表していきます。プライベートな話題である分、参加者同士の距離がぐっと縮まり場の空気が温まりました。

次に、「初デートにちなんだニックネームを考え名札を作る」というお題が出されました。「紙とペン、ハサミを配りますが、私たちは何でも協力したいタイプなので、全員分用意していません。隣の人とペアになって名札を作ってください」という富塚さんの指示に従い、参加者は協力しながら名札を作成。「バクハツ」や「ブルーハワイ」「ぶらぶら」など、ユニークなニックネームが並びます。なお、檜皮さんのニックネームは「銭湯」、富塚さんのニックネームは「ドトール」でした。

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2)初デートを盛り上げるルール策定

ここで、車いすに関する短い説明動画が流されました。3人の大人が車いすのあちこちを艶めかしい手つきで撫で回し、映像撮影者である、ワッショイ部の部長アラスケ氏が「あ〜そこはダメダメ、触っちゃダメ!」「あ〜そこは……そこは、OK!」とコメントすることで触ってはいけない部分を示すというユーモラスな内容です。会場のあちこちからクスクス笑いが漏れるなか、檜皮さんは「車いすを運ぶとき、車いすの操作部とタイヤをロックするバー部分はできるだけ触らないでくださいね」と改めてアナウンスしました。

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▲車いすに関する説明動画を観て扱い方を学びました

続いて富塚さんから、今回の「ワッショイ」の詳しい設定の説明がありました。それは、車いすに乗ったマネキン2体(=「彼」と「彼」)の初デートをみんなで手伝おう、という内容でした。

「『だれもが文化でつながるサマーセッション2023』のギャラリーツアーにやってきた『彼』と『彼』ですが、会場内を移動して作品を鑑賞するには参加者の皆さんの力が必要です。2チームに分かれ、みんなで『彼』と『彼』をご案内いたしましょう。ただ、さっき皆さんに初デートの思い出を語ってもらいましたが、『覚えていない』という人も結構いましたね。一生忘れられないデートにするために、いろんなルールを足したいと思います」という富塚さんの指示のもと、参加者は「銭湯チーム」と「ドトールチーム」に分かれました。

この「ルール」とは、車いすを移動させる際に参加者が行うミッションのようなもの。1人2案ずつ考え、紙に書いてチームの仲間と共有します。「うらめしや〜と言いながら」「まばたき NG」「昨日の晩御飯の話をする」「空を見上げて」「上を向いて歩こうを歌いながら」「3歩進んで2歩下がる」「目が合ったら5秒間見つめ合う」「彼と彼の間に恋敵が挟まる」など、出てきた案は多種多様。どちらのチームも「これってどういうこと!?」「これは楽しくていいね!」と一つひとつ実践して確かめていきます。「一人以外目をつぶる」というルールには「危ないかも?」という声も上がりましたが、「先導役が声で誘導しつつ、目をつぶっている人は前の人の体に手を置いてついていこう」と試行錯誤して挑戦していました。

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この中から45つのルールを組み合わせて1セットにするのですが、どれもいいルールなので両チームとも「捨てる」ことができません。それでもなんとか「これとこれを組み合わせるとおもしろいかも」と絞っていき、最終的に両チームとも2セットの組み合わせが完成しました。檜皮さんの提案により、1セットを相手チームと交換。最終的に決まった両チームのルールは次の通りです。

<銭湯チームのルール>
①「クンクンしながら」「一人以外目をつぶる」「ニマニマしながら」「楽しいね、嬉しいね、すごいねとポジティブな声を掛け合う」
②「雨をよけながら」「ニコニコ笑顔を絶やさない」「嬉しくなったら一回転」「英語×」「夏らしさを体の動きや声で表現しながら」

<ドトールチームのルール>
①「ダンスをしながら」「彼と彼が常に手をつないでいる」「目くばせをしながら」「彼と彼の目線が常に合っている」
②「しりとりをしながら」「たまに2人を向かい合わせる」「運んでいる人同士が会話をしながら」「みんなが順番に両足を同時につかない」

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3)「ワッショイ」でギャラリーツアー

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「ワッショイ」のルールが決まり、いよいよギャラリーツアーへと出発です。一行はまず受付で「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」の説明を聞いた後、檜皮さんの作品が展示された「身体と多様性と表現」コーナーへ。ここには白く塗られた車いすが66台展示されていて、その一部は彫刻台の上でひっくり返っています。壁には階段の映像が投影され、中央に置かれた3Dプリンタからは車いすや階段のミニチュア模型のようなものが出力されていました。

ギャラリーツアーの案内人であるアーツカウンシル東京の森司からマイクを向けられ、「展示空間における動線の再設計並びにアクセシビリティに関する実証実験として展示しています。壁に展示された出力物につきましては車いすと階段のミニチュアで遊ぶナンセンスなプラスチックモデルショールームです」と答える檜皮さん。参加者の皆さんは興味深そうに作品を鑑賞しつつ、先ほど決めたルールに則って、「ミーンミンミンミン」と蝉の声で夏らしさを表現したり、ダンスをしたりしながら、「彼」と「彼」が乗る車いすをそれぞれ協力して担ぎ狭い通路を進んでいきます。森から「通行することが目的ではなく、彼と彼に鑑賞していただくことが目的ですよ」と指摘され、参加者がハッとして「彼」の顔を作品に向ける場面もありました。

また、ドトールチームはここで「彼と彼が常に手をつないでいる」というルールを遂行しようとしますが、「彼」と「彼」の距離が離れてしまい難航。参加者同士が手をつなぎ連なることで代替していました。

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一行はそのまま、盲学校の生徒がQDレーザの視覚補助デバイス搭載カメラを使って撮影した作品や、美術家・西尾 美也さんと大阪市西成区の女性たちが共同で立ち上げたファッションブランド「NISHINARI YOSHIO」の作品を鑑賞。その間も参加者は「彼」と「彼」の目線を合わせたり、嬉しくなって一回転したりと大忙しです。賑やかな一行の様子に、一般来場者から「一体何をやっているんだろう?」といった好奇の視線が集まりました。

触覚の情報を頼りに進むミニ迷路「たっちめいろ」のコーナーには、制作者の触覚デザイナー・たばた はやとさんが在廊していました。「私は盲ろう者なので皆さんのことが見えません。どういう様子の人が来ているのか教えてください」と手話通訳士を通じて質問するたばたさん。森がマネキンの「彼」にマイクを向けると、参加者は「彼」になりきり、「今日は初めてのデートで来ました」「2人で車いすに乗って作品を鑑賞しています」と回答していました。

たばたさんが「高いところは難しいかもしれませんが、車いすを持ち上げるなど皆さんに協力していただき、ぜひ車いすの方にも『たっちめいろ』を体験していただきたいです」と伝えると、参加者は苦笑交じりの笑い声を上げながら、「やるしかないですね」と覚悟を決めた表情に。「せーの!」と力を合わせ、一所懸命「彼」に「たっちめいろ」を体験させていました。今回のツアーの中で一番大変そうでしたが、その分成功した喜びも大きかったようで、「すごい、『彼』が宙を飛んだ!」「やったぁ!」と歓声が上がりました。

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その後、一行はジョイス・ラムさんのパフォーマンス×ラボや、齋藤 陽道さんの作品などを駆け足で鑑賞。銭湯チームは「楽しいね、嬉しいね」と声を掛け合い、ドトールチームは「夏休み」「ミンミンゼミ」「ミラクル」としりとりをしながら、元のワークショップ会場へと戻ってきました。ずっと車いすを支えていた参加者の皆さんの息は弾み腕や足腰はつらそうでしたが、表情は達成感で晴れ晴れとしています。車いすをおろして一息つくと、お互いに「お疲れさまでした」「ありがとうございました」と声を掛け合っていました。

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4)振り返り

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レクチャー&ワークショップの終了予定時間はすでに過ぎていたため、ワークショップ会場では簡単に振り返りが行われました。

檜皮さんが「2人にとって一生忘れられない初デートになったと思います。頑張ってセッティングした甲斐がありましたね。皆さんありがとうございました」と話すと、参加者からは「今日はどんなことをするんだろうとドキドキしていましたが、2人の初デートに力添えできて、多様な展示を見て回れてよかったです」「車いすが意外と重かったです。しりとりをしたり、片足を上げたりしながら車いすを担いで、頭の普段使っていない部分を使った気がします」「車いすの歴史について研究してきましたが、車いすを囲んでみんなでコミュニケーションするこんな方法があるんだと興味深く感じました」といった感想が共有されました。参加者の皆さんにとっても、車いすに対するイメージや距離感が変わる、忘れられない思い出になったようです。

最後に檜皮さん・富塚さんが挨拶をすると会場は大きな拍手で包まれ、その後も多くの参加者が会場に残ってしばらく談笑を楽しんでいました。

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(text:飛田 恵美子)