トークセッション7「情報保障とテクノロジー」
2023年11月10日(金曜日)
- 日時:2023年7月31日(月)12時30分〜14時00分
- 場所:東京都美術館 講堂
- 登壇者:中野 夏海(日本科学未来館 科学コミュニケーター)、設楽 明寿(筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科 博士後期課程)
- モデレーター:阿部 一直(キュレーター、プロデューサー、東京工芸大学芸術学部教授)
- 手話通訳:小松 智美、蓮池 通子、長谷川 美紀、山田 泰伸
課題をアイディアや技術と掛け合わせ実装する:阿部 一直
阿部:今日はモデレーターを務めさせていただきます。少し自己紹介をすると、もともとYCAM(山口情報芸術センター)という、山口県にある公立文化施設でメディアアートセンターの立ち上げに関わり、ディレクターと副館長をしていました。インハウスのテクノロジーラボとして、組織を縦割り化せずプロジェクトチーム全員で共有しながら新たなクリエイションを生み出すセンターです。
約10年前に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹ったアメリカのクリエイターに、もう一度表現活動をしてもらうためのプロジェクトに関わりました。世界中のラボが参画して、視線の動きだけで表現ができる「アイライター」を開発し、そのクリエイターは表現活動をすることができました。それは課題をアイディアや技術と掛け合わせてどう実装していくかという取組でした。その経験もあり、最先端技術を用いてアクセシビリティの拡充に取り組む文化施設の事例や、テクノロジーを活用した情報保障について、今日おふたりの話を伺えるのをとても楽しみにしていました。よろしくお願いします。
日本科学未来館の情報保障とテクノロジー:中野 夏海
中野:日本科学未来館で科学コミュニケーターをしている中野 夏海です。昨年10月に、アクセシビリティ推進プロジェクトの所属になりました。「未来館に来た全員に楽しんで帰ってもらうこと」を個人的なテーマとし、プロジェクトでは視覚障害者向け展示ツアーなどに取り組んでいます。今日は、日本科学未来館の情報保障とテクノロジーについてお話ししたいと思います。
日本科学未来館は、東京・お台場にある国立の科学館で、身近な科学から最新テクノロジーまでを幅広く扱っています。来館者とともに未来の社会をどうしていきたいかを一緒に考える科学館を目指しています。未来館には、専門性を活かしながら幅広い科学技術についてわかりやすく伝える科学コミュニケーターというスタッフが、私も含めて30名ほど働いています。
アクセシビリティ展示ツアーで生まれたコミュニケーション
未来館のアクセシビリティ推進プロジェクトでの仕事のひとつに、今年3月に始まった視覚障害者向け展示ツアーがあります。このツアーでは、参加者は3Dプリンターで作成した国際宇宙ステーションの模型や、実物大の宇宙ステーションの展示を触ることができます。普段は保護のためにアクリルパネルで囲われている、宇宙飛行士が使用するベッドやトイレも実際に触って体験できるツアーです。
透明字幕パネルを使った展示ツアーもあります。ここでいう透明字幕パネルとは、このあと設楽さんからもご説明いただく「See-Through Captions(シースルーキャプションズ)」のことです。音声で話した言葉がリアルタイムで字幕となりパネル上に表示されるという技術です。パネルが透明なので、字幕だけでなく話す人の仕草や表情、展示物なども同時に見ることができます。ツアーでは、この透明字幕パネルを使いながら、手話通訳や紙芝居なども使って説明を行います。説明に透明字幕パネルを使うけれど、それだけで完結しないというのが特徴的かなと思います。
このツアーは当初、「ろう・難聴者向けツアー」という名前にしておりまして、ろう・難聴者ご本人とお連れの方のみご参加いただけるものでした。今年から「文字と絵で伝えあう展示ツアー」として、聴者にも対象を拡大すると、聴者の方からもツアーの半数程度の応募が来るようになりました。
その結果、ツアー終了後にろう者の男の子たちが、聴者の女の子に手話を教えてあげるといった光景を目にしました。参加者同士、お互いにもっと仲良くなりたいという気持ちになり、手話で話そうとするコミュニケーションが自然と生まれていく状況になったのだと思います。
つまり、もともとはろう・難聴者への情報保障として始めたツアーを、誰でも参加できるようにしたところ、このツアーはこれまで交わる機会の少なかった人どうしのコミュニケーションの機会となったのです。私は、このような成果は多様な人やモノの出会いの場としてのミュージアムの価値を底上げすることにつながると感じました。このエピソードは、現場で働くスタッフにとっても「私たちがやろうとしていることはこういうことだ」という確かな手応えになりました。
「あなたにも来てほしい」を届けるために
「誰にでも来てほしい」といって門戸を開いただけでは、そもそも情報にリーチできない人たちや、来られない人たちがいるはずです。ですから私たちは、多様な背景や事情をもつ人々に「あなたにも来てほしい」というメッセージをどう伝えたら良いかを真剣に考えています。あるとき、まだ見えないニーズに気付かされる出来事がありました。
先ほどの「文字と絵で伝えあう展示ツアー」で、とある子どもの参加者の保護者の方が、ツアー終了後に「うちの子どもは字を書くのが苦手なんです」と教えてくださったことがありました。家や学校とは違うコミュニケーション方法を体験できると期待してこのツアーに参加してくださったそうなのです。実際にそのお子さんは、ツアーのなかで音声から文字起こしするアプリや手話のことを知って、「こういう方法もあるんだ」と楽しそうに帰ってくださいました。
こんなふうに、ひとつひとつの取組を継続していくと、想定していなかった方も含めて、さまざまなうれしい声が聞けるようになりました。誰かの困りごとはたくさんありますが、その解決にもつながるように、ここを本当の意味で開かれた場にするために、相手の姿を思い浮かべながらピンポイントに開拓していくことが大切だと改めて考えました。
テクノロジーと人の関係性
私は最先端技術や機械に最初に触れる時、トラブルで使えなかったらどうしようとか、期待を裏切ったらどうしようなど、すごく不安な時があります。そんな時にいつも立ち返るようにしているのが、あくまでもコミュニケーションの主体は私であり、最先端技術や機械はそのためのツールであるということ。テクノロジーが相手のニーズに必ずしも一致するわけではありません。テクノロジーを目の前にすると、それをどう使うかばかりに気を取られそうにもなりますが、その都度自分は何を伝えたいのかというシンプルな問いに戻るようにしています。
新しいテクノロジーがあるからこその出会いもあります。未来館ではこれまで手話だけを使った展示ツアーは行っていませんでしたが、透明字幕パネルを研究者とともに開発する過程で、ろう・難聴者向けのツアーを定期開催できるようになりました。それがきっかけで、例えば技術に興味がある人などさまざまな人が訪ねて来てくれるようになりました。こうした過程を通して、情報保障にとどまらない、魅力的なメディアとしてのテクノロジーのあり方を肌で感じているところです。最後に、機械によってたくさんの“機会”や出会い、チャンスをくれたテクノロジーに感謝しています。ありがとうございました。
当事者視点とテクノロジーを掛け合わせた先に:設楽 明寿
設楽:私は生まれつきのろう者ですが、口話と人工内耳で育ちました。筑波技術大学に入ってから、手話やろう文化を知り、自分の考えが変わりました。現在は人工内耳を使わず、手話を主としたコミュニケーション方法を使います。
筑波技術大学にいた時からろう・難聴者を対象としたアクセシビリティに関する研究を10年近く続けているのですが、落合 陽一さんとも出会い、幅広い研究活動に取り組むようになりました。また、陸上競技でデフリンピックにも出場したことがあり、色々な経験から今日はお話ししたいと思います。
身近な不便を起点にして
まず、筑波技術大学時代から研究を進めていた「HaptStarter(ハプトスターター)」について紹介します。自分の陸上競技経験をもとに研究を始めたものです。陸上競技では、ろう・難聴者はスタート時の発砲音が聞こえないため、光でスタートのタイミングを認識して走り出す方法が近年では一般的でした。しかし、音に反応するのと比べて光に反応する方がスタートが遅れてしまう課題がありました。それを解決するために、感覚の反応時間とテクノロジーを掛け合わせた研究を進めてきたのです。簡単なイメージをお伝えしますと、スタート合図を知らせるために、親指の第一関節部分にボールペンの芯のようなものを当てて、スタートと同時にそれがカチッと指に当たることによる触覚提示で合図を知らせる仕組みです。
次の事例は「Air Talk-Starter(エアトークスターター)」です。皆さん小学生の時に理科の実験で、ダンボールの空気砲を作ったことがあるかと思いますが、それと同じような仕組みです。空気砲の筐体(きょうたい)に取り付けられた5個のスピーカーが、コンピューターと電気によって空気を押し出すというシンプルな構造です。そこから生まれる空気の輪を人間の髪の毛に当てるというアプローチです。1〜2mの離れた距離にあっても遠隔的にろう・難聴者に知らせることができます。ろう・難聴の方を呼ぶ際に、肩や机を叩いたり、床を足でどんどんと踏んで振動で呼ぶことがありますが、離れているところにいる際にはどうしても気づきにくい状況があります。そんなには困らないけど、不便だなといつも感じていました。それを解消したいという思いから研究を進めています。
文化の違いにも着目し、相互に課題解決を
ろう者と聴者では、文化が違います。聴者の場合は音が聞こえるため、いま話しかけても良いタイミングかどうか比較的掴みやすいと思いますが、ろう者の場合はその判断が難しく、なかなか呼びかけにくいことがあります。また逆に聴者の場合も、いきなり肩を叩かれると驚く方もいるかもしれません。ほかにも、例えば目覚ましの代わりに風で起こしたり、光の点滅と連動させてもっと離れていても呼びかけられたりするなどの文化があります。それらを踏まえたうえでお互いにとっての課題を解消するさまざまな展開を検討しているところです。
中野さんからもお話のあった「See-Through Captions」は、たまたま開発企業からご提案をいただいたのをきっかけに、音声認識を活用した透明パネルの展開ができないかと考えました。通常、音声認識等でスマホを使う場合にはどうしても画面に集中してしまい、相手の顔や表情が読み取れません。最近ではARの活用も出てきていますが、相手にきちんと伝わっているのか確認が難しかったり、相手から見てわからなかったりするといった課題もありました。聴者からみると、伝えて終わりという形になってしまいがちです。そうではなく、お互いに伝わっているのかどうかを確認しながらコミュニケーションをとるために、パネルが透明ならばそれが解決できるのではないかという視点から開発を進めました。
See-Through Captions プロジェクトページ
https://digitalnature.slis.tsukuba.ac.jp/2021/02/see-through-captions/
関わりの中でテクノロジーを進化させ、掛け合わせで最適化する
現在「xDiviersity(クロスダイバーシティ)」というテーマで、落合 陽一さんを代表とした研究チームに参画しています。今年度が国からの助成の最終年度となるのですが、助成期間が終わっても、もっと皆さんと一緒に取り組める体制づくりを進めています。
考え方としては、「コンピューターと人」というものがあります。例えばろう・難聴者といっても手話を使う人や、声で話す人がいます。視覚障害者といっても、見えづらい人から全く見えない人まで本当にさまざまです。コンピューターと人をうまくマッチングさせながら、課題を解決できないかとか、テクノロジーがどういうサポートをできるかについて研究しています。
「xDiversity」は、未来館の研究エリアに入居しています。それに伴い、未来館の科学コミュニケーターの方々と一緒に、来館されている市民の皆さんとも科学コミュ二ケーション活動をしています。その活動の一環として「See-Through Captions」を使った展示ツアーも行うことになりました。先ほどご紹介した透明字幕パネルは12インチの大きさのもので、通常は1対1で話をする際に使用するのですが、ガイドツアー時にも携帯して、1対複数人で使用できないかというご相談を受けました。そこで、ガイドツアーで持ち歩きできる4インチのものを開発しました。コロナ禍で未来館を閉館せざるを得ない時期を利用して検証を重ねてこのような展開になりました。
使用した方々からのご意見もいただきますが、やはりパネルが透明なので、文字だけではなく展示物を見ながらコミュニケーションがとれて良いという声が多いです。聴者の方々からも見やすいというご意見をいただいています。未来館の中では、ツアー以外にもさまざまな音が溢れているので、そういった中でも聞き逃した声を目で確認できるといった利点もあるようです。
「xDiversity」の考え方は、テクノロジーを提供して終わりではなく、現場に赴いて修正を加え、課題をどんどん解決していきたいというものです。1から作ることにこだわらず、使えるものはどんどん使って、既存のものをうまく融合させながら新しいシステムをつくっていきます。「See-Through Captions」ではパネルが透明なので、服装やマスクの色もなるべく黒いものを着用して視認性を高めるなどの調整もしながら活用しています。音声認識に合わせて聞き取りやすい話し方をすることも必要です。色々な声を聞きながら、他のものとも掛け合わせて最適化することを意識しています。
テクノロジーを育む環境と多様なつながり
阿部:おふたりにお聞きしたいのですが、「See-Through Captions」のような魅力的なアイディアをどのように開発し、課題を乗り越え社会へ浸透させていくか、ご意見があれば教えていただけますか?
中野:私は使い慣れるまで、テクノロジーに自分が合わせている感覚がありました。一度に表示されるテキスト量が5文字程度×4行程度なので、できるだけ簡潔に話すことが重要になってきます。自分の話し方などコミュニケーションの癖を捉え直していく期間が必要でした。
未来館のツアーで実際に使用した時に、どのような不具合があったかなども随時フィードバックして、開発チームの皆さんにとてもスピーディに改善していただいています。
設楽:手話を第一言語とするろうのお子さんが参加した時に、隣にいる手話通訳者の手話を見て理解をしていたため、透明パネルを見ていなかったということがありました。子どもは文字が表示されてもそのスピードが速くてなかなかついていけないことも多いです。そのときに科学コミュニケーターの方が、透明パネルだけでなく、やはり手話通訳者も必要だと気付かされたと話されていました。
自分もいつも様々なところでお話しさせてもらうのですが「See-Through Captions」があるから終わりではないと常々感じています。それだけで情報保障は完成、という対応では、場合によってはろう・難聴者への押し付けになってしまいかねません。ろう者のことをきちんと考えた際にやはり手話が必要ですと伝えています。手話を文字にし、声を文字にするテクノロジーの研究が今まさに進んでいますが、手話と日本語の文法の違いを取り入れるところまでは、まだまだ開発が進んでいないんですね。テクノロジーだけではなく、手話という言語の分析をされている方々と連携して共に開発というところも進めながら、現場にどんどん導入していけたらいいなと思っています。
阿部:こういうことが実現できたのは、設楽さんや未来館の連携が不可欠だったということですね。アイディアを考える人と、技術的に実装する人など、さまざまな人たちが関わり、世の中でこのような開発を加速化していくためのチームや場づくり、人材育成がますます重要になると思いました。設楽さんの団体が未来館にも入居されているんですよね。
中野:未来館と同じ建物の中に、展示エリアと隣接した研究エリアというゾーンがあります。「xDiversity」以外にも、10年以上前からさまざまな大学の研究室などが現在10団体程度入居しています。未来館を研究紹介や実証実験の場として活用するだけでなく、研究室を実際に来場者に見学してもらったりしています。
阿部:世界的にも公立施設が社会のハブとしての機能を持ち始めていますが、基礎開発的プロトタイプが生まれていくシーンを作る場としてとても重要だと感じます。
設楽さんにもうひとつお聞きしたいのですが、さまざまなプロダクトのアイディアというのはどういう状況で頭の中にありますか?いくつかが同時並行で進んでいくのでしょうか?
設楽:いまもいろいろなものが頭の中に同時並行で進んでいます。研究室の現場にレーザーや超音波を使ったもの、3Dプリンターを使ったものなどの技術やサンプルがたまたま目の前にあって、それを見て何かに使えるんじゃないかと、自分の中のアイディアとつながっていくような感覚があります。
阿部:やはりそういう環境が重要なのでしょうか。
設楽:そうだと思います。情報が入ってこない中では、何か良いアイディアがあったとしても、他のものとリンクしにくいですよね。皆さんによく思いつきやアイディアがすごいねと言ってもらえるのですが、自分がすごいのではなくて、やはりアイディアを出せる場所や環境とつながっていける人材教育こそが重要だと考えています。
阿部:チャットGPTや生成AI、ビッグデータ等のテクノロジーについて、設楽さんはどうお考えですか?
設楽:自分としては、非常に難しい問題だと思っています。これらのビッグデータは、いまよりも少し前のデータを元にして作られていると思いますが、これまでの差別に対しても、AIはそのまま認識することになりますよね。それをきちんといまの時代に即してビックデータを作っていくことが大事だと思います。また、ろう・難聴者の立場から見ると、音声データ等をもとに蓄積されたデータは、聴者の考えが元になっているという側面もあります。AIはあくまでもハブとしての役割はできると思いますが、入出力的なインターフェースは聴者的なものが多く、ろう・難聴的視点が非常に少ないので、そちらもあわせて作っていく必要があると思います。
阿部:貴重なお話をありがとうございます。多様性というのはアートの中ではオルタナティブな思考からスタートして、いかにそれをノーマルに変えていくかが重要だと思います。幼少期からそのような体感をすることが今後より不可欠で、そういった場や情報、技術を提供していくことが大切だと改めて感じました。最後におふたりから一言ずつお願いします。
中野:普段、未来館の来場者の方とは割と自由にコミュニケーションしていて、例えばわからないことは正直にお伝えして一緒に調べたり、私自身のこともお話ししたりしています。未来館に来てものを見るだけではなく、人とコミュニケーションできる場所なんだと感じてもらえたり、とりあえず日本科学未来館に来ればリフレッシュできたり新しいアイディアが得られると思ってもらえたら嬉しいです。今後、来場者が日本科学未来館で考えたことを身体表現や絵で表現するなどして持ち帰ってもらうことができないかと、いま考えて動いています。今日はお呼びいただき、ありがとうございました。
設楽:バリアフリーやダイバーシティ、ユニバーサルデザインなど、色々な言葉があり、自分も使っていますが、本当はあまり使いたくないと考えています。その言葉を使わなくてもいいような未来になればと思います。あまり当事者という言葉も好きではなくて使いたくないのですが、当事者であるろう・難聴者がもっと開発段階から入り、より一緒につくっていける選択肢が増えていくといいなと思います。皆さんの意見を聞くだけではなく、一緒につくっていく未来になればと思います。
(text by 福留 千晴 平原 礼奈)